Sister Syndrome 第七話
まさか、唯姉貴にまでその名で呼ばれてしまうとは、不覚! まぁいい、あの夜はのっけから『バカ兄貴』と呼ばれたんだ。それから考えれば、進展したと言っていいだろう。
近いぞ、Xデーはもう間近に迫ってると俺は断言する! そう、脱・彼女居ない暦年齢分っ! と、俺が握り拳を天井に突き上げようかと、行動に移る瞬間だった。
「何、一人でニヤケてるんだ? バカ兄貴」
「はい?」
「今、どんでもなくスケベな事考えてたろ」
「そ、そんな事はねぇぞ」
「ふぅ~ん、どうだかな」
同じ顔で、どうしてこうも違うかねぇ。正反対だもんなぁ……。
でも、黙ってりゃ可愛いなぁ、三人並んで歩きたいぜっ! これぞ両手に華! 世の男共が果たせなかった夢を、俺は叶えるのだっ!
「ふっ」
思わず出た溜息に、
「この、ドヘンタイ」
ぬわ~ぁ、し、しまったぁ! 俺とした事が、柚実の前では絶対にやってはならん事をやってしまった。
市中引き回しの上、打ち首獄門。と、北町奉行の名裁きを受けたに等しい。やばいぞ、これは大失態だ。これを回復するには、並大抵の努力では回復できん。
「い、いや……そう、俺って、こう見えてもナルシストなんだよ」
なんじゃその言い訳は。
「へぇ~その顔で? ふふ」
うぐぅ、そこんとこ突いてくるか。そりゃそうか、振ったの俺だし。
「……」
返す言葉がねぇ。だが、こんな事で負ける訳にはいかんのだ。そう、俺が目指す明るい未来の為に! 両手に華。それっきゃねぇ!
――あ、二兎追うものは一兎も得ず、ってのもあったなぁ。
いやいや、そんな事は絶対にさせ~ん! じっちゃんの名にかけてっ。
と、俺がまたも暴走して、首を左右に二度振った時だ。
「あ、もう時間だ」
「え?」
柚実が、腕時計を見つつ言った。
「そろそろ、母さんが帰ってくる頃だから、アタシは行くよ」
「行くって、何処へ?」
「まぁ、そのうち分かる。じゃぁな、バカ兄貴」
「あっ」
「それから、アタシがここに居た事は内緒にしとけよ」
「え?」
「言ったら、殺す」
「うっ」
そう言うと、柚実はリビングを出て階段を駆け上がって行く。
おいおい、普通玄関から出るだろうが。何故に二階……そうか、お忍びか。
「ふぅ~」
俺はソファーにゆったり座ると、今までの状況を冷静に整理しみた。
唯と柚実は双子の姉妹で、柚実が姉、唯が妹。そして、柚実は訳あって離れて暮らしている。ん~普通に考えれば、涼子さんの分かれた旦那のとこに居るって事だよなぁ。今まで一緒に居た姉妹が、離れて暮す……切ないぜ。
「ただいま戻りましたぁ~」
柚実が去ってから、ほんの数分だろうか。涼子さんが帰ってきた。
ぱたぱたと、スリッパの音を響かせ再び。
「ただいまぁ」とリビングのドアを開けた。
ベージュで大きな、布で出来たマイバックを一杯にして。涼子さんがその美しいお姿を披露する。
「お帰り、涼子さん」
「あら、ルードリッヒ。起きたのね」
「ま、まぁ」
そりゃ起きますって、もうお昼過ぎてますから。
「そだ……」
俺は柚実の事を聞こうと思ったが、最後の言葉を思い出した。ここで、言うのは簡単だが、男としてどうなんだ? と。
「何? ルードリッヒ」
「あ、いや、何でも」
「そう」
涼子さんは微笑むと、キッチンへと入っていった。
まぁ、そのうち分かるよな。それに、些細な事で、俺の壮大な野望が台無しになっても困るし。
「涼子さん?」
俺はキッチンに向かって言った。
「何か?」
「唯は何処に行ったの?」
「ああ、唯ならお友達とお買い物よ」
「ふぅ~ん」
唯にも友達が出来たか、良かった良かった。
「男じゃないよね?」
念の為聞いてみる。
「さぁ、違うと思うけど」
「……」
思うけど? 涼子さんも知らないのか? こ、これは、事件の匂いがするぜ。そうは思いませんか? デカ長。
こうしちゃおれん、俺も聞き込み捜査に出なくては。
「涼子さん、俺、出掛けてくる」
「あ、はい。お気を付けて」
と、急ぎ玄関へ向かったが、途中の姿見を見て……取り合えず着替えるか。
服を着替え、再び玄関へ。
俺が行くまで、間違いを起こすなよ。いや、俺の許可無く唯と買い物なんて、許さんぞ信長っ! 天下は俺のもんだ。
靴を履き、勢い良くドアを開ける。と、そこには、
「!?」
見慣れない少女が立っていた。背丈は唯とさほど変わらない、唯よりちょっと高いくらいか。三つ編みの髪の毛が、後ろで一つになっていた。そして、鼻の上にはメガネがちょこんと乗っかっている。
「あっ」
少女は、俺の顔を見ると少し驚き、二歩ばかり後ずさった。
「えっと」
開けたドアはそのままに、俺はその少女を見ていた。か、可愛い。ちょっと困ったその顔が、キュートだ。よし、ボーナスポイントをあげよう。
「あのぅ」
「あ、何だい?」
「唯ちゃんは、帰ってますか?」
「え?」
そうか、唯の友達かぁ。流石は我が妹、目の付け所が違うぜ。
「私、一緒に食事してたんですけど、急用が出来たって言って」
何だ、この子が今日のお相手だったか。
「で、コレ……忘れていったから」
その子が俺の目の前に出したのは、唯がさっきまで着てたであろう上着だった。
「え? わざわざこれの為に?」
「はい」
「ありがとうな」
何て律儀な子なんだぁ。俺、こういう子もストライクゾーンだっ!
などと感動に浸っていると、こっちに向かって走ってくる人影が一つ。物凄い勢いだ。その影が近づくと、その正体が判明した。
「唯」
唯は玄関前まで来ると、ビタッと急停止した。息も切れ切れに、肩で息をしている。相当長く走って来たようだ。
「唯ちゃん」
少女は、驚いた様に唯に声を掛ける。
「あ、コウちゃん」
コウちゃん? 女の子だよな?
「唯ちゃん、上着忘れてたよ」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう」
「どうしたんだ? 唯」
「あ、お兄ちゃん」
「あらあら、何か騒がしいと思ったら」
「涼子さん」
玄関先での出来事に気が付いてか、涼子さんがキッチンから出てきたようだ。
「そんなとこで話してないで、中に入ったらいかが?」
涼子さんの言葉に、一同黙って頷き、そして微笑んだ。
――リビング。
テーブルには、涼子さんが入れてくれた紅茶が三つ置かれていた。
長椅子に唯と友達、反対側に俺がそれぞれ座る。涼子さんはキッチンで、買い物の整理。
「今日は、その、わざわざありがとう」
俺は、唯が言う前に、上着を届けてくれたお礼を少女に言った。先手必勝という奴だ。
「いえ、いいんです」
「ううん、唯、すっごく助かったもの」
「そんな事……でも、唯ちゃんてば急に居なくなるからびっくりしちゃった」
「あ、ごめ~ん。ほんと急用でさ」
唯が両手を合わせ、そして頭を下げた。
「ううん、いいのよ」
「あ、あのぅ~」
俺は二人の会話に割って入るのに、少しばかり気が引けたが声を掛けてみた。
「あ、ごめんお兄ちゃん。この子は私のお友達で、篠原紅蘭ちゃん」
唯に紹介された彼女が、軽く会釈し、
「篠原です」
「オ、いえ、僕は唯の兄の――」
名前を言いかけた時だ。
「ルードリッヒッ! お願いがあるの~」
絶妙なタイミングで涼子さんが俺を呼ぶ。しかも、ちょっと悩ましげだ。
「何ですか? 涼子さん……あっ」
条件反射というやつか、俺は思わず返事をしてしまった。
チラリ紅蘭ちゃんを見ると、その顔は驚いてるような笑ってるような、何とも複雑な表情を見せていた。俺の気持ちも複雑だ。
「あ、いえ、大丈夫みたいです。お騒がせしました」
ホントにお騒がせですって、涼子さん。
で、改めて俺が彼女の顔を見ると。少し笑いながら、
「あだ名ですか?」
「まぁ、そんなものです」
「かっこいいですね」
ハイ? ルードリッヒが? まぁお世辞でも何でも少しか救われた感じがした。
「君こそ、可愛い名前だね」
「ありがとうございます。そう言ってくれる人はあまり居ないので嬉しいです」
「そうなの?」
「ええ、変わった名前だねって言われる方が多くて」
紅蘭ちゃんは少し笑ったが、何処か哀しげだった。差別でもされてたのか? こんな可愛い子に対して。これは由々しき事態! 唯共々、この俺が守ってやるぜっ!
はっ、もしかして彼女の名前は、某ゲームのキャラが好きでたまらない父親が、俺はメガネ属性でチャイナドレスが大好きなんだぁ。とか言って付けてしまったとか? 名前は選べないし、センスが悪いと一生恨み兼ねないからなぁ。ん~、大丈夫だよ、俺がついてる。元気を出すんだ。
「そんな事無いと思うけどなぁ」
「そ、そうですか?」
照れてる姿も、可愛いぜ。
「もう、お兄ちゃんたら、紅蘭ちゃんが可愛いからって」
唯のやつ、焼もちか? そうなのか? いやぁ、俺ってやっぱり幸せもんだ。
まぁ、何にせよ、唯が男と一緒じゃなかっただけでも、大収穫。そして、紅蘭ちゃんに出会えたのも、偶然ながらラッキーだぜ。
小一時間程だろうか、皆で他愛の無い会話を弾ませた。途中から涼子さんも加わり、傍からみれば、これはハーレムか? っつう光景が広がっていた。
玄関前、皆で紅蘭ちゃんを見送る。
「それじゃまたね唯ちゃん」
「うん、また」
「ルーさんもまた」
「あははは、今度もトゥゲザァしようぜっ! 紅蘭ちゃん」
俺は何時しか、ルーさんになっていた。もう、半ばやけくそで親指を立てた。
「うふふふ、ハイまた是非」
キュートだぁ。と、見とれていると、
ゲシッ!
「っつ! 何すんだ唯っ!」唯のローキック炸裂。
「別にぃ」
そっぽを向く唯。少しは手加減してくれ。
つづく
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