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Sister Syndrome 第六話

「うっ……ん~」
 く、苦しひ。何だこの押し潰されそうな感覚は!
 寝苦しいぞ……。
「ぬわっ!」
 意味の無い言葉を発し、俺は勢い良く布団を跳ね上げ上半身を起こした。
 寝汗が酷く、パジャマがまとわり付いて気持ちが悪い。次に、汗がスッと引くとちょっとした悪寒が俺を包んだ。
 枕元にある時計に目をやると、午前二時を過ぎていた。
 最近、ハイテンションだったからなぁ。疲れもするよなぁ。
 俺は、ベッドから出ると。抜けた水分を補給するために、キッチンに行こうと決めた。
 ドアを開け廊下に出ると、ちょっと蒸し暑い感覚がしたが、まぁいい。
 と、隣の部屋から何やら話し声が聞こえてきた。
「何だ?」
 漏れ聞こえてきていたのは、唯の部屋だった。唯のやつ、TV消さないで寝たな。

 ――で、閃いた。

 ぐふふふ、そうだ、TVを消してやる。という口実を元に唯の部屋に潜入だ。
 仮に起きたとしても「駄目じゃないか、ちゃんと消さなきゃ」とか何とか言って。そんで唯が「ごめぇんお兄ちゃん、でもね……」とちょっと不安顔してさ。んでもって「でも、何だよ」と返した後に、「でもね、唯。ちょっと夜が怖かったんだもん」とか?

 あははは、待ってろ唯。俺がその恐怖を拭い去ってやるぞ!

「いざ」
 ドアに手を掛けた瞬間。その声の主がちょっと予想と違う事に気付いた。
「……だから、ちょっとは我慢してよ」
 あれ? 唯の声だ。
「ったく、アタシもあれで結構我慢してるぜ」
 ん? 誰だ? 女の子の声だけど。
 俺はドアの前で耳を澄ます。盗み聞きかよって思ったが、夜中に友達を呼び入れるなんてけしからん! これは兄として状況を把握し、最適な対処をする為には必要不可欠な行動なのだよ。で、どれどれ。
「あれで? 本気で言ってるの?」
「マジマジ、もうあれが限界」
「もうちょっと唯の事考えてよぉ」
「ちゃんと考えてるさ」
「考えてない~」
 何の話してんだ? 全然話が見えん。俺はそっとドアのノブを回し、ほんの少しだけ開けてみた。やはり、今度は目視で確認せねばならん。
「!!」
 な、なんですと? 唯が二人居る!
 見間違いかと思い、俺は一旦階段の先を見、再びドアの隙間を覗いた。
 やっぱり、そこには唯が二人居た。こ、これは……一気に可愛い妹が二人出来たって事か! 何て俺は幸せモンなんだっ!
 そんな事を考えてる間にも、二人の会話は進んでいた。
「じゃぁ何で、お兄ちゃんにあんな事言ったのよ」
「あんな事? ああ、あれか」
「あれかじゃないよ」
 同じ顔が向かい合って、口の悪い方の唯はベッドに座り。そして、もう一人はその前に立って、右回りにぐるぐるとその場で回っていた。
「いいじゃねぇか、あんなバカ兄貴なんか」
 何おぉ、もう一人の唯。そりゃねぇだろうよ。まぁ、頭はそんなよかねぇけど。
「良くないっ!」
「あはは、お前、あのバカ兄貴の事……」
「そ、そんな事ないよっ」
「あはは、赤くなってる」
 可愛い方の唯、もしかして俺の事を? それがホントなら嬉すぎるぞっ!
「もう、お姉ちゃんのバカッ!」
 なぬっ! お、お姉ちゃんだと? 唯に姉がいたってぇのか?
 聞いてねぇぞ、バカ親父。
「そう言うなって、もう迷惑はかけないからよ」
「だからって」
 そうか、双子か。そうか、そうか、うん。

 ――でも、ちょっと待てよ。

 だとすると、あの時キッチンに居た唯は、もう一人の方だったって事か?
 夢じゃなかったけど、夢みたいな話だぞ。すげぇぞ、口は悪いが顔は同じ、楽しみは二倍か? ちょっと違うテイストで刺激的ってか。
 などと、感激に浸ってドアから目を離している時に、
「じゃ、アタシはこれで帰るからよ」
 え? 俺がその声を聞いて再びドアの隙間に目をやると……。

 何処に行ったんだぁ、まい・えんじぇ~る~!

 二人が家に来てから、一週間が過ぎた。俺の妄想列車も毎日走り続けてる訳だが、時々、特急になっちまうのは、かなりヤバ目ではある。
 だってよぉ、特に涼子さんが……もう、わざとかよって位の勢いで俺を誘惑すんだもの。まぁ、本人は全然そんな気は無いんだろうが。俺にとっちゃ、そりゃ生殺しだよぉ、って。
 この前なんざ、お風呂上りにタオル一枚で家ん中歩き回るし。聞けば石鹸を探してたそうで、んなものちょっと言ってくれれば何ぼでも俺が……覗きついでに、って何言ってんじゃぁ!
 敢えて例えるなら、と~っても利口な飼い犬が、自分の大好きなエサを目の前に出されて『待て』をさせられてる心境だ。ああ、俺は誓うぞ、もし犬を飼ったら待ては程々にすると!
 どっちにせよ、決してどうにかしたい訳じゃないが、否、よそう自分を偽るのは……どうにかしたいというより、俺がどうにかなりそうだ! クソ親父、恨むぜ。この羨ましい状況と引き替えに、置いてった代償をよ。

 なんて事を、俺はベッドの上で考えていた。今日は日曜、今は昼をちょっと過ぎた頃だろうか、実はさっきまで惰眠を貪っていたのだ。
 そろそろ腹も減ったし、飯でも食いに行くか。
「っしょと」
 この若さでかけ声が出ちまうとは、と思いつつ身体を起こした。少し頭がクラッとする。
 こりゃ、寝過ぎだな。
 スエットの上下という、何とも超ラフな格好で俺は下に降りた。
 リビングに入り、
「おはよう……にはちょっと遅いかな? あはは」
 などと言ってみたが、人の気配がしない。TVすらついてはいなかった。
「あれ?」
 唯はともかく、涼子さんは居ると思ったんだけどなぁ。
 そして、キッチンへ。
 やっぱ居ない……か。
「ん?」
 俺はテーブルの上にある紙切れを見つけた。
『お買い物に行ってまいります』
 なるほどね。まっ、いいか。朝食も用意してくれてるみたいだし。
 俺は、自分の席に座ると、たぶん朝食だろうと思われる食事を口に運んだ。
 相変わらず、料理上手だぜぃ。

 ――二十分後。

「ごちそうさまでした」
 はぁ、美味かった。涼子さんはまだみたいだし、TVでも見ますか。
 ああ~まったりモードだねぇ、今日は。
 リビングに再び入ると、さっきとは違っていた。
「ゆ、唯?」
 そこには、ソファーに座る唯の姿があったのだ。
「ん?」
 唯は頭だけをこちらに向けた。
「唯、何時帰ってきたんだ?」
「はぁ? アタシは何処にも行ってねぇぞ。寝てんのか?」
「うっ」
 こ、この口調は……もう一人の唯。姉貴の方か? 黙ってたら全然わかんねぇよな。
 だが、この前の俺とは違うぞ。あの時は驚いちまったが、今回は違う。
「べ、別にそんな事ねぇけど」
「ふ~ん」
 相変わらずというか、何というか素っ気無い返事。俺はめげずに正面のソファに座った。
「な、何だよ」
 唯は俺の行動を視線で追い、興味深げに見る。
「別にぃ、今日は逃げないんだなってよ」
 逃げた? 俺が? ……あの夜の事か。
「まぁな」
 外見は同じでも、中身が違うとわかればどうと言う事はない。
「ふぅ~ん」
 ふぅ~んて、何でしょうか? その見下したような瞳は。
 ちょっと引いちゃうなぁ俺。
「な、何か言いたそうだな」
「別にぃ、それに……アタシが誰なのかって事、知ってるだろ?」
「え?」
「気が付いて無かったとでも思ってたのか?」
 気が付いてって、あの日、俺が覗いてた事知ってんのか?
 それなら話は早いか。
「そうか、知ってたのか」
「ああ、この……スケベ」
 言いながら唯が、正確には唯の姉貴がニヤリと笑う。ぬわぁ~その言葉が出てくるとはぁ、俺は聞きたくなかったぁ。まぁ、あの時勇んで中に入っていたら、もっととんでもない言葉が浴びせられてるんだろうな。そう、それは『変態』という言葉が!
「あ、その、すまん」
「へぇ、案外素直なんだ」
「……」
「まっ、いいか。アタシは柚実(ゆみ)」
「え?」
「知りたがってるだろ? 顔に描いてある」
「お、俺は……」
「ルードリッヒだろ?」
「はい?」
「違うのか?」
 そ、それは言わないでくれぇ~。しかし、柚実がとんでもない顔で睨んでいた。
「いえ、その通りです」

つづく

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