Sister Syndrome 第二話
その日は眠れなかった。
それはそうだろう、美人の母に、可愛い妹。夢が現実になったのだから。思い出すのは、和服姿とあのうなじ。ああ、妖艶だ。俺を日本人として生んでくれてありがとう、前母さん。そして、そんでもって、これからは俺はお兄ちゃんと呼ばれるんだっ。今まで兄弟が居なくて寂しかったが、これからは違う。んやぁ、毎日が楽しく過せそうだ。今こそ感謝するぞ、バカ親父。たまには親らしい事すんだな。ぐっじょぶだぜ。
――朝。
とうとう一睡も出来なかった。しか~し、目覚めは爽やかだ。寝てないけど、目覚めはいい。誰が何と言おうとだ。こんなに爽やかなのは久し振りだぜ。
俺はパジャマのままキッチンへと向かった。階段を下りると微かに味噌汁の香りがした。おお~朝はこれか、やっぱ日本人は和食だよねぇ。
「おはよう」入ると同時に挨拶をした。
「あ、おはようございます。えっと……」
どうやら涼子さんは、俺をどうやって呼ぼうか迷っているようだ。
「俺の事は、好きに言ってもらって構わないですよ」
「そうですか、それじゃ……」涼子さんは少し考えた後、
「ルードリッヒと呼ばせて頂きますね」
「はい?」
チョイ待て、何だよその思いっきりジャーマニーな名前は。幾ら好きに呼んでくれていいとはいえ、飛躍しすぎじゃぁありませんか?
「御嫌ですか?」困惑している俺に対して、彼女は悲しげな瞳を向ける。ぬぉぉ、それは反則だぜ。そんな瞳で見詰められたら。
「いえ、そんな事はありませんよ」と言うしかねぇじゃねぇかっ!
「よかったぁ」瞬間、涼子さんの顔が明るく華やいだ。やっぱ、君には笑顔が最高さ。ふっ……。って、俺、今日からルードリッヒなんだなぁ。まぁいいや。
「そう言えば親父は?」
「ご主人様でしたら、この手紙をルードリッヒに渡してくれと言って、今朝早くに出発されました」
ご、ご主人様? あのバカ親父、そんな風に呼ばせてたのかよ。まさか、萌え~っとかやってねぇだろうな。やってたら、怖っ。取り敢えず手紙を確認。
『俺は仕事でコスタリカに向かう。年末には帰る。それまでは、二人をお前が守るのだ。いいな、くれぐれも間違いなぞ起こすでないぞ……さもなくば、げふんげふん』
何故、最後があやふやなんだ? 兎に角、二人は俺に任せとけ。間違いは……自信ねぇ。
んや、それじゃ駄目だ。俺は獣か? そうじゃねぇだろ? そうだ、俺は紳士なのだ、夢幻紳士さ。
「ご主人様は何と?」
「え? ああ、コスタリカに出張だってさ」
にしても、違和感あんなぁ。あのバカ親父がご主人様とは。
「左様で御座いますか、お忙しいですね」
涼子さんが笑む。てか、知らなかったんかよ。
「おはよう御座います。……お母様」
そんなやり取りをしていると、唯が起きてきた。ダボダボのパジャマには大きなラインのストライプが入っていた。少し着崩れた格好が、実にキュートだぁ。言葉使いのギャップも最高っ。朝からこんなテンションで一日やってけるんか俺。
「おはよう、お兄ちゃん」
きた~ぁ、この至福の時が。人生最高~っ!
「おはよう、唯」
俺はにやけた顔を悟られないように、さり気無く言葉を発した。
「お兄ちゃん、唯、お兄ちゃんにお願いがあるんだ」
おお~何でも聞いてやるぞ。聞いてやるともさ。
「何だ? 唯」
「実は、今度行く学校に、一緒に行って欲しいの」
そうか、唯はこっちの学校に転入する事になるんだよな。そりゃ一人じゃ心細いか。うんうん、分かるぞその気持ち。よっしゃ、俺が校門までとは言わずに、教室までも行ってやるぞ。
「いいぞ、一緒に行こうか」
「ありがとう、お兄ちゃん」唯が笑う。
「良かったわね、唯」涼子さんが微笑む。
「うん」
何だか、この二人の場所だけ、そう、言うなればポートレートモードで撮った写真の様だった。
唯の通う中学校は、絶滅の危機に瀕しているセーラー服だ。みんな知ってると思うが、あの服の原型は水兵さんの制服であり、襟の部分は、頭の後ろに広げて音を聞き取りやすくする為だそうだ。
そんな便利な制服が、今では絶滅危惧種へと変貌を遂げたのは、AVの普及……。いや、たぶん違うな。
「お兄ちゃん、似合う?」
そう言って唯が、ちょっと短めのスカートをひらひらさせながら言った。深緑のリボンと鶯色の襟にスカート。似合うぜ。似合わない訳がねぇ。
「似合うぞ唯」
「ありがと」
っしゃぁ、いざ行かん学校へ!
んやぁ、今朝は最高だったなぁ。教室の窓から見える空が、こんなに青かったなんて。ああ、なんて清々しい。
これから先、俺はあんな可愛い子からお兄ちゃんと呼ばれるんだ。まぁ、涼子さんからは例の名で呼ばれるんだが……しか~し、それを差し引いても余りあるお姿、やはり俺は幸せモンだ。
「よぉ、何朝からにやけてるんだ?」
そんな幸せ絶頂の俺に、声を掛けてきやがる奴は誰だ?
視線だけを上に向けると、そこには真二が立っていた。
「よぉ、わが友よ」たぶん俺の顔はにやけてるだろう。
「はぁ? お前、気色悪いうえに壊れたか?」
そんな事はないぞ。壊れるどころか、毎日、壊れた心を癒してくれる泉を……そう、あれは、回復の泉なのだ。そして、あの二人は俺にとっての女神となった。こんちくしょう。
「聞いてくれ、わが友」
俺は真二を向かいの席に座らせると、肩をポンポンと二回叩いた。
「な、どうした一体」訝しげな表情で俺をみる真二。
「なぁ真二、アスカは元気か?」
「はい? まぁ、元気と言えば元気だが……」
「そうか、それは良かった」
「まさか、お前、俺の姉ちゃんに手ぇ出そうとか思ってないだろうな。つか、何で呼び捨てなんだ?」
「そんな事はどうでもいい」
そうだ、真二の姉ちゃんが元気だろうが、そうじゃなかろうが、今の俺には小さな事だ。なら聞くなって? 仕方あるまい、今、俺の気持ちをストレートに伝えると、絶対叫び声から始まるのは目に見えている。なら、何か関係ない事で意識を散らす事が必要なのだ。
「どうでも良いなら聞くなよな」
「なぁ、真二」
「だから何だよ」
「お前、何時までも初号機に乗ってる場合じゃねぇぞ」
「ハナから乗ってねぇけどな」
「まぁ、いい。黙って聞け」
「いい加減にしとけよ」
真二の期待もそろそろ限界か。否、俺の気持ちの高鳴りが限界を超えそうだ。
もう、言いたくて言いたくて仕方がないんだぁ。
さぁ、言うぞ真二。聞いて驚け、そして、俺の羨まし過ぎる劇的ビフォーアフターに嫉妬するのだ。あ~はははは、どうだ、凄いか? 羨ましいか? よお~し言うぞ。言っちゃうぞ。
「実はな……」言いかけた瞬間。
「ちょっと、いい?」
ったく誰だぁ? 今、まさに俺が優位になろうとする瞬間を邪魔するのは。と、思いつつ声のした方へ視線と共に、頭を向けた。
「亜利未」
長身でショートカットの亜利未が更に大きく見える。俺が座っている事もあるんだが、それにしたってでけぇぞ。
「亜利未……じゃないわよ。あんたねぇ、今日という今日は……」
「まぁ待て亜利未」
「何よ」
「今から俺は、真二と大事な話をしなくちゃならん」
「だから?」
「だから、今はお前の相手をしてる暇がない」
「何よそれ」
分からん奴だなぁ。俺は、俺の幸せな時間と空間の自慢をしなくちゃならんのだ。それは、時が経てばインパクトが薄れる。そう、北海シマエビの刺身と同等なのだよ。そんな時間との戦いの中で、お前に構ってる暇なんて無いのだ!
何故、それが分からんのだ。
「兎に角、今日は何時もより可愛いから、手を引いてくれ」
「益々、意味不明だけど」
もう我慢ならん。俺は立ち上がり、亜利未の正面に立った。
「亜利未……俺がキスしないうちに手を引くんだ」
言って俺は、亜利未を両手で引き寄せた。
「きゃっ」亜利未は短く言葉を発すると、次の瞬間目の前が真っ暗になった。
衝撃が俺の顔面に広がる。星が飛び交った。ああ、あれが北斗七星。ふっ、俺の命は後三秒……。どうやら俺は、亜利未のパンチを食らったようだ。
ああ、意識が遠くなる……。
さらば友よ……。
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