迷霧の陥穽 第四話
頂上まで登ると、正面に小さな神社が視界に入ってきた。賽銭箱に鈴、そして閉ざされた扉。何の変哲もない神社だった。
周りには木々の陰が落ち、火照った身体の熱を吸収してくれた。二人は辺りを見回し、洞窟の入り口を探した。
「京平はそっちお願いね」
瑞穂が向かって左側を捜索するよう、京平に指示を出す。
「分かった」
京平はそれに従った。
左右に分かれた二人だったが、示し合わせた様に、裏手中央部分で鉢合わせになった。
「何かあった?」期待を込めた瞳で京平を見詰める瑞穂だったが、「別に、何も」と言う答えで、その輝きは急速に失われていった。
二人は並んで正面に戻り、賽銭箱の前の階段に座った。京平は、コンビニで買ったミネラルウォーターを瑞穂に差し出し、自分は缶コーヒーを手に取った。
「やっぱさぁ、無いんじゃないのか?」
コーヒーを一口飲んで、京平が言った。
「そんな事ないよぉ」
口をとがらせ、瑞穂が反論。続けて、
「じゃぁさ、もいっかい下から探してみようよ。それで、何もなかったら、諦めるからさ……ね?」
「そこまで言うなら、もう一度降りてみるか?」
「うん」
嬉しそうに笑う瑞穂を見て、少し呆れながらも京平は悪い気はしなかった。コーヒーの苦さとは対照的に、自分は甘いなと感じていた。
二人は注意深げに階段を下りていった。
「そう言えばさぁ」
何かを思い出したのか、瑞穂が口を開く。
「ん?」
「ここに来る途中で、一樹くん見かけたよね?」
「そうだったか?」
「そうだよ、何か祠みたいなとこで、こうしゃがんで何かやってた」
瑞穂が大きな手振りで表現してみせた。
「ん~」
と言われても、全く記憶に残っていない京平。仮に視界に入っていたとしても、中に眠る無意識の感情が排除しているのだと、京平は思っていた。しかし、瑞穂がここまで事細かに説明しているのだから、かなりの確率で遭遇しているに違いない。京平は記憶の一つ一つを思い起こし、たぐり寄せた。
「どうしたの?」
瑞穂が、腕組みをしながら考え込んでいる京平を覗き込んだ。
「いや、別に」
そう言ったものの、京平の脳裏に一樹は浮かんでこなかった。否、一樹だけではない。ここに来るまで何人の人と出会っただろうか? 京平は再び考えてみた。道中、コンビニ、そして神社。自宅からここまで、かなりの距離がある。誰とも会わないはずがない。だが、京平は思い出せなかった。これほど他人に感心が無い? そんな疑念にかられた。
「なぁ、瑞穂」
「ん?」
一番下まで下り、一息ついた時だった。京平は瑞穂に向かって問うた。
「一樹もそうだけど、ここに来るまでに誰かに会ったか?」
「はぁ?」
あまりの突飛な質問に、瑞穂は目を丸くした。普通常識的に考えれば、京平の質問は常軌を逸していたからだ。
「京平、マジで言ってるの?」
「え? 何がさ」
「だから、誰にも会ってないって話よ」
「俺はそんな事言ってないぞ。誰かに会ったか? とは言ったけど」
「同じ事よ」
「ま、まぁ、それはそうだけど……」
京平は言いよどみ、眉間にしわが寄った。左手で右腕の肘を支えつつ、右手人差し指をそのしわの寄った眉間に当て、唸る。
「ん~」
それを黙って見ていた瑞穂が、
「何よそれ、古いだか新しい畑って探偵の真似?」
「警部だ」
すかさず突っ込みを入れる京平。
「どっちだっていいじゃんっ!」
口をとがらせる瑞穂。確かに、今はそんな事は問題ではない。重要なのは、道中誰かに会ったか、それなのだ。瑞穂は出会っているし、一樹も見かけた。途中立ち寄ったコンビニだって、自分達の他にもお客が居たと言っている。しかし、京平の記憶には残っていなかった。
――それは何故だ?
そして京平は一つの答えを導き出したが、すぐさまそれを否定し鼻で笑った。『恋は盲目』そんな言葉が脳裏に浮かんだからだった。
「アホだな俺」
ぽつりと呟いた言葉に、瑞穂が反応した。
「え? 何が?」
「あ、いや、何でもない」
ぎこちない仕草で誤魔化す京平。しかし、それがかえって不自然に見えたのか、瑞穂は疑念の眼差しを向ける。
「本当に?」
「ああ」
「まぁ、いいわ」
上がる語尾が「聞かないどいてあげる」と言っていた。
暫しの休憩を終え、二人は再び鳥居をくぐって階段を登り始めた。京平を先頭に瑞穂が続いた。ゆっくりと着実に、石段を踏みしめて二人は登っていく。砂混じりの石段は軽く滑る感じがした。
中間よりも少し過ぎたあたりだろうか、京平が足を止めた。
「どうしたの?」
瑞穂が、次の段に乗せるために持ち上げた左足を止め、戻しながら言った。
「これ」
京平が指さした先には、生い茂った草むらに隠れて古びた地蔵があった。
「地蔵……さん?」
「ああ、さっきもあったっけ?」
「ん〜どうだったかなぁ」
「ふうぅ、まぁいいや。それよか、そこ見てみなよ」
「ん?」
京平に即されて瑞穂が見た先には、細い道が続いていた。ただ、整備された道ではなく、獣道と言った方が正しいかもしれない。
「怪しいと思わないか?」
「確かに」
急な斜面に時折足を取られながらも、京平を先頭に二人は奥へと進んで行った。獣道とはよく言ったもので、人間が歩くには不都合このうえ無かった。
「きゃっ」
「どうした!」
瑞穂の悲鳴に振り返る京平。
「もう、嫌ぁっ」
「はいぃ?」
悲痛な叫びかと思いきや、瑞穂は両手を無造作に振り回してしかめっ面を浮かべていた。どうやら、何かを追い払っているようだった。
「ど、どうした?」
「どうって……こいつらが、五月蠅くって」
言いながら、瑞穂は右手を頭上で払った。京平はその先を目で追った。
「はぁ……何だそんな事か」
正体が分かると、京平には安堵感が込み上げてきた。
「仕方ないでしょ! 私、この手のモノ苦手なんだから」
言って、もう一度右手を振った。京平は三度首を左右に振って、溜息を一つついた。小さな羽虫が苦手だなんて、これから洞窟探検しようとしているのに大丈夫なのか? そう思った。洞窟なら、得体の知れない虫だって居るだろうし、コウモリや蛇なんかは既に定番だろう。かと言って、この道の細さでは二人並んで歩くのは困難だ。瑞穂にはもうしばらく我慢してもらうしかなかった。
「兎に角、進むよ」
「うぅぅ」
瑞穂が不満そうな声を上げたが、京平は向き直り再びその歩をゆっくりと進めた。
暫く進むと道が広がった。丁度、階段の踊り場のような感じで斜面が削られていた。
「ここか?」
着いた途端、京平の口から出た言葉がそれであった。そこには、広場ともう一つ、斜面側に縦の亀裂がぽっかりと口を開けていた。一般的に使われるドアより、二回り程小さい感じで奥に暗闇が覗いていた。
「ここ……なの?」
瑞穂が京平の左隣に並んで、その入り口を覗いた。
「多分、かなり怪しい感じ」
「ん~」
瑞穂は数歩前に出ると、右に左に移動しながら暗闇の向こう側を探った。
「取り敢えず……入ってみますか」
「え?」
京平は背負っていたザックを下ろすと、用意してきたモノを取り出した。
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