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迷霧の陥穽 第五話

 ペンライトに荷造り用のビニール紐、そして瑞穂の地図を取り出す京平。地図は濡れても平気な様にビニール袋に入れ、携帯重視に縮小コピーしておいた物を使う。

「ライトと地図は分かるけど、紐はどうするの? 引っ越しでもするわけ?」

「はい?」

 思わず語尾のアクセントが上がってしまう京平。

「地図が有るとは言え、中は暗がりだ。地形が変わってるかもしれないし、そもそもの地図が正しいとは限らない……だから」

「だから?」

「迷ってもこれを辿って戻れば帰れるって訳だ」

「なるほどね。でも……」

「でも?」

「途中で切れたらどうするわけ?」

「…………大丈夫」

「ホントに?」

「……多分」

「何ともねぇ」

 瑞穂は少しの溜息をついてみせたが、その瞳は好奇心に満ちていた。京平は紐の端を入り口近くの木に括り付けると、本体をザックのサイドポケットに入れた。

「ねぇ、京平?」

「ん?」

「それ一個で足りるの?」

 もっともな疑問であった。これから入る洞窟は言わば未知の世界。どれくらいの広さがあるのか皆目見当が付かない。不安そうに見詰める瑞穂。だが、京平は自信ありげに微笑むと、

「ああ、多分大丈夫だと思う」

「どうしてさ」

「予備はあるんだ」

「あ、そう」

 ペンライトを持ち、二人は中に入っていた。まずは何処が地図の入り口なのか特定する必要があった。可能性があるのは三カ所。一つは入って直ぐに十字路になっている所、二つめは三股に分かれている所、最後は分かれ目が無く真っ直ぐに伸びている所だった。京平は入ると直ぐに辺りをライトで照らした。埃っぽい空気の中に、土の匂いが入り交じっていた。地図を注意深げに見ながら、現状と照らし合わせていく。

「ここか……」

「え?」

「俺達の居る場所さ」

 京平が広げた地図を瑞穂に見せ、指さした。それは、十字路に分かれている所だった。

「て事は、まずは三択って訳ね」

「そう、前か、右か、左……ただ」

「ただ?」

「地図が正しければ道は一つ、左なんだけどね」

「それを早く言って」

 憤慨する瑞穂に京平は笑ってみせた。

 二人は慎重に左の穴へと歩を進めていった。幅は一メートル弱といった所だろうか、二人並んで歩くには少し狭い。地面には大小様々な石が転がり、時折つま先に当たったり、乗り上げてバランスを崩しそうになった。壁に手をやると、ザラザラした岩肌があり、明らかに人工的に削られた部分が見て取れた。

 分かれ道に来るたびに、京平は地図と照らし合わせて進むべき道を決めた。目標は地図中央にある広間。そして、そこに記された二重丸だった。無論、目印も忘れずに残して置く。手頃な岩肌にマジックで、来た方向を示す矢印を書いた。一見、目的地へは直ぐに行けそうなのだが、結局の所一番遠回りしなくては行けない場所にそれはあった。

 目も暗闇に慣れてきた。二人の気持ちにも多少の余裕が出てくる。地図があるとは言え、相変わらずそれが正しいかどうか不明なのは変わりはしないが……。

 幾つかの分かれ道を過ぎ、着実に目的の中心部へと近づいている。時折、寄り道したくなるような道に出くわしたが、その度に瑞穂が引き止めた。理由は「怖いから」という極単純で分かり易いものだった。京平は思った……この洞窟に入り込んでいる時点で、その怖いのではないのかと。女性というのは全く分からない、そう感じていた。

 どれくらい進んだだろうか、三つ目の紐が無くなった。

「結構深いな」

 京平はつぶやき、予備の紐を取り出す。瑞穂がその様子を見て。

「ねぇ」一言声を掛けた。

「ん? 何?」

「少し休まない?」

 そう言われて、京平は腕時計にライトを当てた。洞窟に入って約一時間経過していた。慣れてきたとは言え、この暗闇を一時間も歩いたのだ、披露も蓄積されるだろう。

「そうだね。じゃぁ、そこいらで休憩しよっか」

「うん」

 京平は適当な場所を探した。ライトで辺りを照らすと、二メートル程先に平らで開けた場所が見えた。

「あそこにしよう」

「うん」

 二人は並んで座ると、じっとりと染み出た不快な汗を拭いた。温くなったスポーツドリンクで喉を潤す。京平は改めて地図を広げ現在地を確かめた。そこを右横から瑞穂が覗く。そこだけ見ると、仲の良いカップルの様だった。

「どこら辺まで来たの?」

「ん? そうだなぁ、この辺だと思う」

 京平が、真ん中より少し左上を示した。

「あんま来てなくない?」

「そうだなぁ、案外この洞窟って広いのかも」

「広いって、どれくらい?」

「入り口がここだろ? で、今居る所がここだと仮定すると……」

「すると?」

「持ってきた荷造り用の紐の長さが一個百メートルだから……」

 そう言うと京平は地図を指で測り始める。

「どんな感じ?」

「思ったよか広いな、ココ」

「え?」

「単純に目的地の距離だけ言うと、後、八百メートル弱位かな」

「ええ~っ! そんなにあるのっ!」

 声を張り上げる瑞穂に、京平は「ある」と、静かに言った。

 ここで誤算だったのは、予備の紐が足りないという事だ。残りは二つ、それだけでも家にあった物を残らず持ってきたのだ。それで足りる……そう京平は踏んでいた。しかし、現実は違っていた。尺図が分からないのが、ここにきて致命的なダメージを二人に与えようとしている。どうしたものか……京平はじっと地図を見詰めた。しばし見詰め、ふと瑞穂に視線を移した。

「な、何してんだ?」

 京平がそう言うのも無理はなかった。瑞穂は、少しの明かりの中、小さな手鏡を持って化粧をしていたのだから。

「何って、お化粧」

「はい?」

 こんな時でも、女って……半ば呆れて溜息を漏らす京平。

「何も、こんな時に化粧なんてしなくても」

「別に、いいじゃない……それに」

「それに?」

「ううん、何でもない」

「まぁ、いい……けどさ」

 言って再び地図へと視線を落とす京平。まずは、現状を打破出来る方法が無いか模索した。地図があるとは言え、やはり不安要素はなるべく少なくしたい。引き返す選択肢もある。撤退もまた勇気だとも考えていた。

「なぁ、瑞穂」

「何?」

「一度、戻らないか?」

「え?」

 京平の言葉に、面食らった状態の瑞穂。

「このまま進むのは得策じゃないと思うんだ」

「どうしてよ、あと少しじゃない」

「それはそうだけど……やっぱ万全を期した方がいいと思うんだ」

「でもぉ」

「瑞穂は怖くないのか?」

「何が怖いの?」

 あっけらかんと答える瑞穂。京平にとっては意外な答えだった。横道に逸れる事には、過剰なまでに怖がったのに、今の状態は怖くないとも取れる返事と表情。

「このまま進む事についてさ」

「別に、地図があるでしょ?」

「そりゃそうだけど、もし何かあったらどうすんだ?」

「ふふふ、その時は京平が守ってくれるでしょ?」

「え?」

 微笑む瑞穂の顔を京平は直視出来なかった。頼られる事が、こんなにも嬉しい事とは思いもよらなかったからだ。

「分かった、じゃもう少し行ってみるか」

「うん」

 泣く子と好きな女には勝てない……そんな言葉を脳裏に浮かべながら、京平は立ち上がった。瑞穂もそれに倣う。取り敢えず、紐がある限り進んでみようと京平は思っていた。

 しばらく進むと、短い突き当たりと右に進める分かれ道に当たった。

「ねぇ、あれ」

「ん?」

 瑞穂が指さした所に、京平は視線を移した。突き当たりの壁の向かって右上方、一メートル五十センチ位だろうか、ほんの僅かに光が漏れて来てる様に見えた。

「あの壁の向こうって何かあるんじゃない?」

「向こうっつったってなぁ……」

 何か空間がある。それはほぼ間違いないだろう。だが、今の京平達にはそれを確認出来るだけの道具が無かった。あるとすれば、自身に備わった両手くらいなものである。京平がそう思い、じっと手を見ていると。

「ちょっと掘ってみようよ」

「はい?」

「だからさぁ……」

「分かった。皆まで言うな」

 京平は瑞穂の言葉を遮り、言った。

 ペンライトの明かりを頼りに、二人は発見した場所を掘ってみた。とは言っても、女の子に穴掘りはさせられない。その殆どは京平が手を出していた。壁は見た目ほど固くなく、小さな穴は容易に広がっていった。これは案外いける。そう京平は感じていた。後ろで瑞穂が好奇心一杯の瞳で見詰めていた。

 時間にして数十分だろうか、穴は人が一人通れる位にまで広がった。明かりは既に京平達の所まで届き、ペンライトは必要なくなっていた。京平が上半身を突っ込み、壁の向こうを覗いた。

「す、すげぇっ!」

 驚きの声が洞窟内に響き渡る。

「ねぇねぇ、何があったの? やっぱお宝? ねぇってばぁ」

 瑞穂は京平の服を引っ張りながら、自分も見たいと催促を促した。

 あまりにも急かすので、京平はろくに確認も出来ず身体を戻す事になってしまった。

「まったく……兎に角見てみ、すげぇぞ」

「うん」

 歓喜の声をあげるやいなや、瑞穂は穴に身体をねじ込んだ。

「うわぁ、すっごい!」

「だろ?」

「あっ!」

 そう言うと、残りの身体を穴に入れ、ズンズンと奥に行ってしまう瑞穂。

「お、おいっ」

 京平が止める間もなく、彼女は進んで行った。

「ったく」

「凄いよ京平! 早く来なよ」

「分かった。そこから動くなよ」

「うん」

 瑞穂の声が返ってきた。京平は荷物をまとめると、それを反対側にいる瑞穂に手渡した。そして、続けて自分も中に入り、向こう側に抜けた。

 瑞穂は穴の近くで立っていた。京平は隣に並ぶ。抜けた先の場所は広かった。一般的な体育館ほどだろうか、天井は高く、先がどうなっているのかは分からない。視線を中央にやると、そこには池があった。天井から降り注ぐ光によって真ん中あたりが青白く光っていた。そして、そこからの明かりで周囲は青から緑、深緑、藍色……黒、漆黒の闇へと移っていった。

「幻想的だけど、何だか怖いね」

 瑞穂の言葉だった。正直な気持ちだろう、京平も同じ思いだったのだから。

 二人は池の周囲を右回りにゆっくり周り、進んだ。三分の一程進んだ時だった。二人の前方に小さな社が祀ってあるのが見えた。それは壁の中ではなく、池の縁から一メートル弱入った所に造られていた。

「何だ? あれ?」

 足を止め、京平は首を傾げた。その部分だけが浮かび上がるかの如く、まるでスポットライトが当てられたように光が降り注いでいた。ほんの僅かな時、その光景に目を奪われていた京平。が、同時に妙な違和感も感じていた。

「もしかしたら、あそこにお宝があるのかも」

 しかし、そんな京平の心中とは裏腹に瑞穂が無邪気に笑う。

「お宝って……変だと思わないのか?」

「何が?」

「社だよ。こんな所にあるなんて、絶対何かあるって」

「そうかなぁ」

「まずは、位置確認だな」

 京平が地図を広げて言うと、瑞穂が、

「そんな事しなくても、ここが目的地だよ」

「まっ、一応ね」

 確かに、近道が無いかと考えていた矢先、隠し通路の如くに出来た通路。地図上でもその部分を無くせば、目的地に到達するのは一目瞭然だった。

「兎に角行ってみようよ」

 瑞穂が京平の手を取り、引っ張った。

「あっ……み、瑞穂」

 引っ張られながらも、悪い気はしない京平。社の前まで来ると、瑞穂はその手を離すどころか、一層強く握った。細い指先が京平の指と絡み、その温もりが伝わってくる。

「み、瑞穂」

「何?」

「その……手」

「いいの……だって、もうすぐお別れだもの」

 そう言うと、瑞穂はにやりと微笑んだ。

「え?」

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