Sister Syndrome 第一話
「お兄ちゃん!」
信号待ちをしていた俺の腕に、突然絡みついてくる少女が一人。
身長は、そうだな……俺が一七八センチだから、丁度頭の天辺が胸の辺りに来る位だろうか。そう言えばだいたいの身長は想像つくだろ?
それよりも、帰路に着こうとしていた所にそんな事態が起こったのだ。アイドリング中だった心臓は、一気にレッドゾーンへと跳ね上がった。
少女は推定十二、三歳。髪は長く黒い。制服は着ていなかったが、私服の学校という事もありえる。
「やっとみつけたよ。お兄ちゃん」
「?」
えっと、誰? 俺には妹などというものは存在しないんだけど……。と言う俺の思考を無視して少女は微笑んだ。
っきしょ~可愛いじゃねぇかっ! そして少女は更に俺の腕に強く絡む。そう来たか。最近の子は発育が……発育が~あ~胸の感触がぁ。この世に生を受けて十七年、こんな日が訪れようとは、そう俺は彼女居ない歴=年齢。
うぉ~もう一人の俺が、俺の暴れん棒が暴れちゃうぜ。いやいや、ここは何とかして押さえつけねば、正義の鉄槌が我に降りかかるだろうて。
そうだ、この子の事をちゃんと思い出してみよう。きっと記憶の片隅に置き忘れてきたのかもしれない。いや待てよ、こんな可愛い子の事を忘れるだろうか? それは無いな。それじゃ名前を……ダメだ思い出せない。
――この間、僅か数秒。
よし、今から君は『唯』だ。うん、何て可愛い名前だ。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「な、なんだ?」
何焦ってるんだ俺は、声がうわずってるし。
「信号変わったよ」
「そ、そうだな。じゃ行くか」
「うん」
俺たちは並んでゼブラゾーンを歩き出した。
ガンッ! 鈍い音と共に目覚まし時計がけたたましく俺の頭上に降って来た。
「ってぇ」
痛みと共に現実へと引き戻される感覚。
「はぁ……」
夢か……そりゃそうだよな。俺にあんな可愛い妹が居るはずねぇし。つうか、俺って一人っ子だし。まぁ、あのバカ親父が再婚でもすりゃ、少しは現実味もあるんだろうが。アレに着いてくる女性が居るかどうかも疑問なもんだ。
「あっ」
俺は一つだけあるモノを確かめた。暴れん棒は……夢では無かったようだ。
っと、俺の名は……まぁ、そんな事はどうでもいいか、好きに呼んでくれていい。母さんは俺が小さい時に死んじまった、親父はサラリーマンだが、海外出張が多くて、日本には三ヶ月と居ない。実質、一人暮らしのようなもんだ。隣町に住んでいる祖母が、時々ご飯を作りに来てくれる。散歩がてら、ついでだと言って。ありがたい。
俺は寝ぼけた頭をリセットし、何時ものように朝食を取りながらテレビのスイッチを入れた。相変わらずのニュースが画面から流れてきた。政治と金、自殺、事故、殺人等々。何故こんなにも同じような出来事が起こるのか不思議で仕方がない。ほんの数年前は、もっと心和むニュースもあったと思ったが。皆荒んできてるのかと、感じずにはいられなかった。
――なんてな、俺らしくもねぇ。だいたい、今日は夢見がいいんだ。
学校までの道のりが、何時もと違うように見える。信号待ちするごとに辺りを気にしているが、周囲にはバレまい。俺は完璧主義者だからな。
「よお、朝っぱらから、何きょろきょろしてんだ?」
「何っ」
誰だ、俺の完璧な偽装を見破る奴は。
俺は振り返った。そこには小学校からの腐れ縁である真二が立っていた。
「お前、怪しいぞ」
「そ、そうか?」
くそ~、少し動作が大きすぎたのか? やはり目だけを動かすべきだったのか? いやしかしそれでは死角が出来てしまう。それではオールレンジに対応出来んし。
「挙動不審で捕まるぞ」
おお~そこまで言うのか我が友よ。
「いや、別に何でもないぞ」
「そ~かぁ~」
絶対に何か疑っている。そういう奴だお前は。勘だけは異様に鋭い奴だからな。勝てるのか俺、いいやまだだ。まだ終わらんよ。
「まぁ、言いたくなけりゃ別にいいが、後で相談されても知らないからな」
ぬおぉ、早くも最終兵器登場か? 今まで散々相談役を買って出てくれたからなぁ。
どうする? そうする? 言っちゃうか?
俺は道中、夢の話を話した。かなり不本意ではあったが、先読みの何とかとしては、先手を打つのが得策と考えたからだ。だが、
「あはははははは」
これでもかって言うくらいな大声で、真二がバカ笑いした。
校門が近い。登校している生徒も多数居たが、そんな事はお構いなし。そりゃもう、教室に居る生徒にも聞こえるぞって位に大声で。
「お、おい。そんなに可笑しいかよ」
「おっかしいよぉ。お前、シスコンか?」
「べ、別にそんな事はないと思うが」
「言い切れるか? それとも欲求不満かもな」
「うぐっ」
これは否定出来ん。俺も健康な男子。エロい事の一つや二つあるってもんだ。
「まぁ、そんな現実離れした夢よかさ、あいつともっと仲良くした方がいいんじゃね」
「あいつ?」
「またまた、亜利未だよ」
「ああ……あいつか。あいつはダメだ」
「何でさ、いっつも仲良さそうにじゃれてるじゃん」
亜利未は俺のクラスメイトで、クラス委員長。何かとつっかかってきては文句を言う。と、ここまで言うと、やっぱ気があんのかと思うが、実は俺、副委員長だったりする。面倒なんであんま活動してないから、その辺が気に入らないんだろう。
女のくせに、とか言ったら差別だっ! って猛抗議と共に、蹴りが飛んできかねないが。亜利未は俺と身長がそんな変わらない。それで空手なんぞやってるもんだから、素人の俺なんてかなうはずも無い。
「亜利未は俺がサボるから、いっつも文句つけてくんだよ」
「へぇ~そんな風に見えないけどな」
「ふっ、まぁいいけど、兎に角俺とあいつがそんな関係にはならんよ」
「そうかい?」
「何だよ、その疑わしい返事は」
「別に~」
ニヤニヤと笑う真二を他所に、俺は視線をそらした。
そして、俺達は校内へと、舞台を移したのだ。
校内に入り教室に行くと、真二のバカ笑いを聞いていた輩が集まってきた。
「よう真二、何朝っぱらから大声で笑ってたんだ?」
「そうだそうだ、何か面白い事でもあったか?」
「ムーディーが新曲でも出したか?」
「あれじゃあんだけ笑えないだろ。シュール過ぎ」等々。
そんな奴らの言葉を、それこそ右から左に受け流す様に真二が言った。
「それがよぉ、こいつ」言いながら俺を前に押した。「夢の中で……」
続きを言いかけた瞬間、俺は後頭部を思いっきり後ろへと振る。
ゴッ、鈍い音が鳴り、俺は後頭部を、真二は鼻の辺りを押さえて蹲った。
「何だよ夢って」
「まぁ、大方檄エロの夢でも見たんじゃねぇの?」
「あははは、そうかそうか」
お前等~何勝手に決め付けてるんだよ。全く違うとは言い切れないが、それでも激はねぇだろ激はっ!
「ちげぇよ」俺は頭を押さえつつ反撃したが、その言葉は既に効力を失っていた。
まぁ、いいわ。好きに言ってくれてよ。で、俺の後頭部頭突きを食らった真二は、未だ鼻を押さえて何やら言っていた。
「おふぁえなぁ」
「はぁ?」予想は付くが、あえてとぼけてみる。つうか、俺があんな夢を見て、しかも暴れん棒も暴れたとあっちゃ、末代まで祟るぞってくらいの勢いで広まり伝説になっちまう。それだけはあっちゃぁならねぇんだよ、おっかさん。
俺が真二を睨み付けると、彼はウンウンと首を立てに振った。よしよし、それでいいんだ。俺も軽率だった。逆の立場なら絶対言いたくなるもの。
その日は、何事も無く……とは行かなかったが、それなりに交わして過した。
ありみが絡んできたが、それは何時もの事だ。
「はぁ……」安堵の溜息が自然と漏れた。やっと、最後の授業が終わった。乗り越えたぜ。おめでとう俺。
とっとと帰って、今朝の夢は忘れよう。真二の事は不安だが、それこそ信じるしかねぇ。
――自宅。
玄関に入ると、何時もはしない人の気配がした。ふっと下を見ると見慣れない靴が三組あった。誰だ? 一つは男性用。これは親父のだな、見たことある。もう一つは女性用、そして最後は子供用?
何れにせよ、親父が帰って来ている。それは間違いない。
リビングの戸を開けると、ソファーに座る親父の顔が正面にあった。
「よぉ、バカ息子。元気か?」
おい、久し振りに会う息子に向かって、開口一番それかよ。
「実はお前にな、紹介したい人がいるんだ」
って、何だよその展開。急すぎやしませんか?
リビングにある応接セットは、部屋の真ん中にあって三人掛けの椅子と、一人掛けの椅子が二組。そして、木製のテーブルが間にある。親父は一人掛けの椅子に座り、俺に向かって右手を上げていた。
長椅子の方へと視線を移すと、そこには女性が二人座っていた。一見して母子だと分かった。母親とみられた女性は、和服が似合い、品があって到底親父とは釣り合わない感じだ。大和撫子という言葉は、こういった人に使うとしっくりくる。そして、隣の……。
「ああ~っ!」俺は思わず叫んでしまった。「唯(仮名)ちゃん」続けて出た言葉がそれだった。
「何だお前、唯の事知ってるのか? そりゃ話が早い」
「ちょい待てバカ親父。普通に考えたら知ってる筈ないだろうがっ」
「そうなのか? でも名前知ってたろ?」
「そうだけどよ」まさか、夢に見たとは言えないし。
そんな親父とのやり取りをみていて、母子共に笑っていた。母親の方は軽く口に手を当て、微笑む感じだ。何て上品な。そして、その娘も、可愛い笑顔。ああ、夢に見た笑顔とおんなじだよ。
感動の波が、俺の心に押し寄せてくる。そう、こりゃサーフィンでも出来そうなってくらいのビックウェーブが。
「まぁいいから座れ」
何がいいのかさっぱりだが、俺は親父の隣の椅子へと腰を下ろした。
「で、何となく察しはつくが、誰なんだ?」
「喜べ、新しい母さんと妹だ」
やっぱりそうか。俺は高鳴る鼓動を抑えつつ、冷静さを保つように勤めた。
「こっちが、涼子」親父が自分の正面の女性を紹介した。「よろしくお願いします」涼子さんが軽く会釈した。名は体を表すとはよく言ったもんだ。
「そして、隣が唯だ」
「よろしくね。お兄ちゃん」
うおぉ、やっぱ可愛いぜっ。出来るなら、この場で万歳三唱したいくらいだ。
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