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迷霧の陥穽 第三話

 緩やかな坂道が続いていた。数歩先に瑞穂が、短いスカートをゆらゆら揺らしながら京平の前を歩いていた。

「善は急げって、これからか?」

「そう」

 無邪気な笑顔で瑞穂が答えた。窓からは幾分か風が入ってくる。

 ほんの数秒、いや、本当はもっと長かったのかもしれない。

「……分かった」

 京平は、ふっと息を吐くと半ば諦めた表情を見せ、言った。だが、内心は瑞穂と一緒に居られる喜びが大きかった。

「それじゃちょっと用意してみるよ」

「え? 何を?」

「何を? じゃなくて、手ぶらで行くつもりだったのか?」

「へ?」

 きょとんとする瑞穂。手ぶらで行くつもりだったようだ。やれやれ、といった感じで京平は立ち上がり。

「兎に角、ちょっと待ってな」

 言いながら瑞穂に座るよう促した。彼女は逸る気持ちを抑えつつ、その場に座る。

 京平は、机の引き出しを開けたり、押入れに顔を突っ込んで、薄暗い中を見たり。そして、時々下へ降りても行った。その様子を瑞穂は興味深げに、黙って見ていた。

 数分後、京平はテーブルの上にあった二枚の地図を除け、用意した物を並べた。

「とりあえず、これ位はいるだろう」

 京平が用意したのは次の通りだ。ペン型ライト二本、予備の電池、手動式懐中電灯、油性マジック、引越し用ビニール紐。そして、少しばかりの食料とタオル。

「重装備ね」

 瑞穂は悪戯っぽく笑った。

「瑞穂も着替えに一旦帰った方がいいんじゃないか?」

「え? どうして?」

「って、ほら……」

 京平は、瑞穂の胸元から下半身に向けて視線を落とした。それに気が付いた瑞穂は、

「えっち」と一言。

「あ、いや」

 京平は言葉に詰まり、視線を用意した品々に移した。

「冗談よ」

「え?」

「こんな格好で洞窟探検するのか? って事でしょ?」

「あ、ああ」

「大丈夫、ちゃんとスニーカー履いて来たし、それにスパッツも、ね」

 言いながら再び立ち上がって、スカートをまくって見せた。京平の前に綺麗な足が、またも飛び込んできた。

「な、何見せてんだよ」

「ふふふ」

 照れまくる京平を見て、瑞穂は笑った。

 坂を上る度に、背負ったザックが京平に擦れた。中に入れた荷物が揺れる。じんわりと汗も滲み、不快感が増えてきていた。

 坂の多い町は情緒があっていい。と、言うのは観光客くらいなもので、住んでいる地元の人間にとっては不便でならない。

 京平達が向かっている場所と反対側の山には、展望台があり、夕方から日没にかけて観光客やカップルが訪れる。この町の夜景は有名で、観光雑誌でも何度か紹介された程だった。しかし、そんな事よりも京平の頭を悩ませる事があった。

 瑞穂の『彼』の存在だ。何故自分なのか、彼の元には『地図』は届いてなかったのだろか? それを瑞穂か確認したのか? それとも、二人は既に……。

 自分に都合のいい考えは、その殆どがその通りにならないのが、世の常である。しかし、そう考えてしまうのは、京平が瑞穂に好意を寄せているからに他ならない。

『もしかしたら?』そんな想いが過ぎったのは、彼女が京平の部屋に来たときからだった。

「なぁ、瑞穂」

 京平は歩を止め言った。

「ん?」

 瑞穂が振り返る。

「ちょっと休もうぜ」

「何、疲れたの?」

「ま、まぁな」

 本当は違った。京平は疲れてなどいなかった。ただ、聞きたい事があったのだ。『もしかしたら?』を確かめたいと思った。

 数メートル先に居る瑞穂に向かって、京平はゆっくりとした足取りで、坂を登っていった。瑞穂は、それを柔らかい笑顔で見詰めていた。

「やっぱ坂道は厳しいな」

「もう、だらしないわね」

「はははは」

「仕方ないから、もうちょっとゆっくり歩いてあげる」

「そうしてくれ」

 京平は、今一度額の汗を拭うとザックを背負いなおした。

 今度は二人並んで歩いた。坂道は尚も続いている。

「ねぇねぇ、宝ってどんなんだと思う?」

 京平の右側を歩いている瑞穂が口を開いた。

「え?」

「宝よ、タ・カ・ラ」

「ホントにあんのかなぁ」

「あるわよ」

 言い切る瑞穂。何処からその自信が沸き上がってくるのか、京平は不思議に感じた。出所不明、こじつけに近い形で目的地を特定。そして、そこに存在してるかどうかさえ怪しい洞窟。どれを取っても不確定要素ばかりなのに、彼女は揺るぎない瞳で京平を見る。

「それとも、京平は信じてないわけ?」

「ん~ぶっちゃけ、半信半疑」

「え~っ、そうなの~っ」

「はははは」

「でも、私はあると思うな、絶対」

 こんな他愛ない会話でも、今の京平には幸せだと感じられた。好きな人と一緒に、同じ空間、時間を共有出来る。こんな至福の時を過ごせるなんて、あの地図には感謝しなくては、そう京平は思っていた。

 坂道が終わり、多少平坦になった。二人の背後には、見慣れた町並みが広がっていた。陽は頂点から少し傾いたが、まだまだ高く二人を容赦なく照りつけていた。

 しばらく歩くと、それほど高くない山が見えてきた。地図上で仮定した場所の近くだった。とは言え、距離はまだ大分ある。

「あの辺じゃない?」

 瑞穂がそちらを指さした。

「おおぉ、やっと見えたかぁ」

 京平も視線を前方へ移した。

 二人が目指す山には、小さな神社があるはずだった。名前は? と聞かれても急には思い出せない程の神社。何を祀っているのかさえも分からない。いや、単に京平が知らないだけなのかもしれないが、それ程に印象が薄かった。

「瑞穂」

「ん?」

「ちょっとコンビニ寄らねぇか?」

「いいけど、何で?」

「水分補給」

 京平はニカッと笑うと、ザックを背中から引きはがし左手に持った。

 二人は途中にあるコンビニに立ち寄った。オレンジの帯に、鳥の形が白く抜かれている店は、地方に強い、と、京平は勝手に決めていた。オリジナルブランドの品物も多く、他店との違う展開も個人的に好きだった。

 店に入り、京平はまっすぐガラス張りの冷蔵庫へと向かった。瑞穂もその後に続く。左から右へと、横移動しながら中を覗く京平。右端まで行くと、踵を返し中央付近まで戻り扉を開けた。

「やっぱコレは外せないよな」

 手に取ったのはスポーツドリンクだった。

「瑞穂はどれにする?」

「同じのでいいよ」

「そっか」

 京平は同じ物を四本手に取り、レジに向かった。

 店を出るなり、京平は買ったばかりの一本の蓋を開けた。そしてそれを口へと運ぶ。

「んやぁ、生き返るねぇ」

 一気に三分の一を流し込んで一息つく京平。その光景を瑞穂は笑いながら見ていた。

「じゃ、行くか」

「うん」

 再び二人は歩き出した。

 古びた鳥居が二人を見下ろしている。柱は色が剥げ、赤色がまだらになっていた。鳥居の先には階段があり、上に伸びていた。ただ、雑草等は殆ど見あたらず、誰かが管理しているのが見て取れた。

「ただの神社だな」

 京平が辺りを見回して言った。

「そうだね」

「まぁ、怪しいと言えば怪しいけど」

「取り敢えず上に行ってみましょう」

「ああ」

 京平が一歩先行く形で、二人は段差の低い階段を上っていった。両脇には木々が高くそびえ立ち、強烈な日差しを和らげていた。

「なぁ、瑞穂」

 京平は、足を止め、振り返り言った。

「ん?」

 瑞穂は、京平を見上げ同じように、歩を止めた。

「えっと……その……彼氏とは上手くいってんのか?」

 言い終わって、鼓動が高鳴るのを京平は感じた。息が詰まった。喉がカラカラに乾いた。だが、言ってしまった。後戻りは出来ない。

 瑞穂は、ややあって微笑むと、「うん」とだけ一言言った。

「そっか……よかったな」

「うん」

 京平の『もしかして?』はこの時終わった。世の中、自分の描いたシナリオ通りにはいかない。それを思い知らされる結果が襲ってきたのだ。京平は大きく息を吐くと、笑った。

 そして――。

「がんばれよ」

 と、一言言った。

「うん」

 瑞穂の屈託無い笑顔が、京平に突き刺さった。

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