ごあいさつ
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まさか、唯姉貴にまでその名で呼ばれてしまうとは、不覚! まぁいい、あの夜はのっけから『バカ兄貴』と呼ばれたんだ。それから考えれば、進展したと言っていいだろう。
近いぞ、Xデーはもう間近に迫ってると俺は断言する! そう、脱・彼女居ない暦年齢分っ! と、俺が握り拳を天井に突き上げようかと、行動に移る瞬間だった。
「何、一人でニヤケてるんだ? バカ兄貴」
「はい?」
「今、どんでもなくスケベな事考えてたろ」
「そ、そんな事はねぇぞ」
「ふぅ~ん、どうだかな」
同じ顔で、どうしてこうも違うかねぇ。正反対だもんなぁ……。
でも、黙ってりゃ可愛いなぁ、三人並んで歩きたいぜっ! これぞ両手に華! 世の男共が果たせなかった夢を、俺は叶えるのだっ!
「ふっ」
思わず出た溜息に、
「この、ドヘンタイ」
ぬわ~ぁ、し、しまったぁ! 俺とした事が、柚実の前では絶対にやってはならん事をやってしまった。
市中引き回しの上、打ち首獄門。と、北町奉行の名裁きを受けたに等しい。やばいぞ、これは大失態だ。これを回復するには、並大抵の努力では回復できん。
「い、いや……そう、俺って、こう見えてもナルシストなんだよ」
なんじゃその言い訳は。
「へぇ~その顔で? ふふ」
うぐぅ、そこんとこ突いてくるか。そりゃそうか、振ったの俺だし。
「……」
返す言葉がねぇ。だが、こんな事で負ける訳にはいかんのだ。そう、俺が目指す明るい未来の為に! 両手に華。それっきゃねぇ!
――あ、二兎追うものは一兎も得ず、ってのもあったなぁ。
いやいや、そんな事は絶対にさせ~ん! じっちゃんの名にかけてっ。
と、俺がまたも暴走して、首を左右に二度振った時だ。
「あ、もう時間だ」
「え?」
柚実が、腕時計を見つつ言った。
「そろそろ、母さんが帰ってくる頃だから、アタシは行くよ」
「行くって、何処へ?」
「まぁ、そのうち分かる。じゃぁな、バカ兄貴」
「あっ」
「それから、アタシがここに居た事は内緒にしとけよ」
「え?」
「言ったら、殺す」
「うっ」
そう言うと、柚実はリビングを出て階段を駆け上がって行く。
おいおい、普通玄関から出るだろうが。何故に二階……そうか、お忍びか。
「ふぅ~」
俺はソファーにゆったり座ると、今までの状況を冷静に整理しみた。
唯と柚実は双子の姉妹で、柚実が姉、唯が妹。そして、柚実は訳あって離れて暮らしている。ん~普通に考えれば、涼子さんの分かれた旦那のとこに居るって事だよなぁ。今まで一緒に居た姉妹が、離れて暮す……切ないぜ。
「ただいま戻りましたぁ~」
柚実が去ってから、ほんの数分だろうか。涼子さんが帰ってきた。
ぱたぱたと、スリッパの音を響かせ再び。
「ただいまぁ」とリビングのドアを開けた。
ベージュで大きな、布で出来たマイバックを一杯にして。涼子さんがその美しいお姿を披露する。
「お帰り、涼子さん」
「あら、ルードリッヒ。起きたのね」
「ま、まぁ」
そりゃ起きますって、もうお昼過ぎてますから。
「そだ……」
俺は柚実の事を聞こうと思ったが、最後の言葉を思い出した。ここで、言うのは簡単だが、男としてどうなんだ? と。
「何? ルードリッヒ」
「あ、いや、何でも」
「そう」
涼子さんは微笑むと、キッチンへと入っていった。
まぁ、そのうち分かるよな。それに、些細な事で、俺の壮大な野望が台無しになっても困るし。
「涼子さん?」
俺はキッチンに向かって言った。
「何か?」
「唯は何処に行ったの?」
「ああ、唯ならお友達とお買い物よ」
「ふぅ~ん」
唯にも友達が出来たか、良かった良かった。
「男じゃないよね?」
念の為聞いてみる。
「さぁ、違うと思うけど」
「……」
思うけど? 涼子さんも知らないのか? こ、これは、事件の匂いがするぜ。そうは思いませんか? デカ長。
こうしちゃおれん、俺も聞き込み捜査に出なくては。
「涼子さん、俺、出掛けてくる」
「あ、はい。お気を付けて」
と、急ぎ玄関へ向かったが、途中の姿見を見て……取り合えず着替えるか。
服を着替え、再び玄関へ。
俺が行くまで、間違いを起こすなよ。いや、俺の許可無く唯と買い物なんて、許さんぞ信長っ! 天下は俺のもんだ。
靴を履き、勢い良くドアを開ける。と、そこには、
「!?」
見慣れない少女が立っていた。背丈は唯とさほど変わらない、唯よりちょっと高いくらいか。三つ編みの髪の毛が、後ろで一つになっていた。そして、鼻の上にはメガネがちょこんと乗っかっている。
「あっ」
少女は、俺の顔を見ると少し驚き、二歩ばかり後ずさった。
「えっと」
開けたドアはそのままに、俺はその少女を見ていた。か、可愛い。ちょっと困ったその顔が、キュートだ。よし、ボーナスポイントをあげよう。
「あのぅ」
「あ、何だい?」
「唯ちゃんは、帰ってますか?」
「え?」
そうか、唯の友達かぁ。流石は我が妹、目の付け所が違うぜ。
「私、一緒に食事してたんですけど、急用が出来たって言って」
何だ、この子が今日のお相手だったか。
「で、コレ……忘れていったから」
その子が俺の目の前に出したのは、唯がさっきまで着てたであろう上着だった。
「え? わざわざこれの為に?」
「はい」
「ありがとうな」
何て律儀な子なんだぁ。俺、こういう子もストライクゾーンだっ!
などと感動に浸っていると、こっちに向かって走ってくる人影が一つ。物凄い勢いだ。その影が近づくと、その正体が判明した。
「唯」
唯は玄関前まで来ると、ビタッと急停止した。息も切れ切れに、肩で息をしている。相当長く走って来たようだ。
「唯ちゃん」
少女は、驚いた様に唯に声を掛ける。
「あ、コウちゃん」
コウちゃん? 女の子だよな?
「唯ちゃん、上着忘れてたよ」
「はぁ、はぁ、あ、ありがとう」
「どうしたんだ? 唯」
「あ、お兄ちゃん」
「あらあら、何か騒がしいと思ったら」
「涼子さん」
玄関先での出来事に気が付いてか、涼子さんがキッチンから出てきたようだ。
「そんなとこで話してないで、中に入ったらいかが?」
涼子さんの言葉に、一同黙って頷き、そして微笑んだ。
――リビング。
テーブルには、涼子さんが入れてくれた紅茶が三つ置かれていた。
長椅子に唯と友達、反対側に俺がそれぞれ座る。涼子さんはキッチンで、買い物の整理。
「今日は、その、わざわざありがとう」
俺は、唯が言う前に、上着を届けてくれたお礼を少女に言った。先手必勝という奴だ。
「いえ、いいんです」
「ううん、唯、すっごく助かったもの」
「そんな事……でも、唯ちゃんてば急に居なくなるからびっくりしちゃった」
「あ、ごめ~ん。ほんと急用でさ」
唯が両手を合わせ、そして頭を下げた。
「ううん、いいのよ」
「あ、あのぅ~」
俺は二人の会話に割って入るのに、少しばかり気が引けたが声を掛けてみた。
「あ、ごめんお兄ちゃん。この子は私のお友達で、篠原紅蘭ちゃん」
唯に紹介された彼女が、軽く会釈し、
「篠原です」
「オ、いえ、僕は唯の兄の――」
名前を言いかけた時だ。
「ルードリッヒッ! お願いがあるの~」
絶妙なタイミングで涼子さんが俺を呼ぶ。しかも、ちょっと悩ましげだ。
「何ですか? 涼子さん……あっ」
条件反射というやつか、俺は思わず返事をしてしまった。
チラリ紅蘭ちゃんを見ると、その顔は驚いてるような笑ってるような、何とも複雑な表情を見せていた。俺の気持ちも複雑だ。
「あ、いえ、大丈夫みたいです。お騒がせしました」
ホントにお騒がせですって、涼子さん。
で、改めて俺が彼女の顔を見ると。少し笑いながら、
「あだ名ですか?」
「まぁ、そんなものです」
「かっこいいですね」
ハイ? ルードリッヒが? まぁお世辞でも何でも少しか救われた感じがした。
「君こそ、可愛い名前だね」
「ありがとうございます。そう言ってくれる人はあまり居ないので嬉しいです」
「そうなの?」
「ええ、変わった名前だねって言われる方が多くて」
紅蘭ちゃんは少し笑ったが、何処か哀しげだった。差別でもされてたのか? こんな可愛い子に対して。これは由々しき事態! 唯共々、この俺が守ってやるぜっ!
はっ、もしかして彼女の名前は、某ゲームのキャラが好きでたまらない父親が、俺はメガネ属性でチャイナドレスが大好きなんだぁ。とか言って付けてしまったとか? 名前は選べないし、センスが悪いと一生恨み兼ねないからなぁ。ん~、大丈夫だよ、俺がついてる。元気を出すんだ。
「そんな事無いと思うけどなぁ」
「そ、そうですか?」
照れてる姿も、可愛いぜ。
「もう、お兄ちゃんたら、紅蘭ちゃんが可愛いからって」
唯のやつ、焼もちか? そうなのか? いやぁ、俺ってやっぱり幸せもんだ。
まぁ、何にせよ、唯が男と一緒じゃなかっただけでも、大収穫。そして、紅蘭ちゃんに出会えたのも、偶然ながらラッキーだぜ。
小一時間程だろうか、皆で他愛の無い会話を弾ませた。途中から涼子さんも加わり、傍からみれば、これはハーレムか? っつう光景が広がっていた。
玄関前、皆で紅蘭ちゃんを見送る。
「それじゃまたね唯ちゃん」
「うん、また」
「ルーさんもまた」
「あははは、今度もトゥゲザァしようぜっ! 紅蘭ちゃん」
俺は何時しか、ルーさんになっていた。もう、半ばやけくそで親指を立てた。
「うふふふ、ハイまた是非」
キュートだぁ。と、見とれていると、
ゲシッ!
「っつ! 何すんだ唯っ!」唯のローキック炸裂。
「別にぃ」
そっぽを向く唯。少しは手加減してくれ。
つづく
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京平は不思議な感覚に襲われていた。腕に酷い激痛が走ったかと思うと、それは直ぐに和らぐ。次には足に来たかと感じると、また同じ様に和らいで行く。
そんな感覚が、身体全体に及ぶ。その部分を確かめようにも、漆黒の闇が京平の身体を囲み、視界には入らないでいた。いくら目を懲らしても、一分の光が無い場所では徒労に終わる。「目で見るな、感じるんだ」なんて台詞を言っていた映画を思い出したが、感じるのは奇妙な感じだけだった。
自分の身体に四肢が残っているのかすら、分からなかった。指先に力を込めるのだが、動かせている感覚はまるでない。握ってもみた、しかしその指が手の平に当たる感じも、また無かった。
京平の脳裏に一つ浮かんだのは、もしかすると既に四肢は切断等で失われているのでは? と言う事だった。
だとすれば、今までの行為は全てにおいて無意味だと思い知られる。
何故、自分はこんな所にいるのか?
ここは何処なのか?
「くそっ、瑞穂の奴」
短く舌打ちをする。その舌打ちでさえ、暗闇に吸い込まれて行く。
沸々と怒りという感情が、京平の中に込み上げてきた。
「瑞穂の奴……瑞穂め」
憎悪で自分の顔が歪んでいる。それははっきりと分かった。
「オマエノ……」
不意に声が聞こえてきた。聞こえたと言うよりは、直接脳を刺激してくる。そんな不快な感じがした。
「誰だっ!」
京平は声がする方へ、言葉を投げた。
「オマエノ、タマシイハ……ヨミニカエサレル」
「??」
唐突にそんな言葉が返ってくる。当然京平には何の事かさっぱり分からなかった。
「オマエハ、アノムスメノミガワリナノダ」
「はぁ? 身代わり? あの娘だって?」
疑問符が次々と沸いてくる。
「アノムスメハ、オマエヲミガワリニシタ」
「……何の事だ! お前は誰だ!」
「ワタシハ、バンニン……モンノバンニン」
「番人だって? ははは、何だよそれ」
「オマエハ、カエレヌ」
「帰れないだって? どういう意味だ!」
そう言った京平の言葉に対しての返事は、その後聞こえてくる事は無かった。だが、はっきりした事が一つだけあった。それは、この事態が全て瑞穂の手によって成されたという事である。
幾分、暗闇に目が慣れてきたのか、瑞穂の視界が先程より開けた感じがしていた。隣に座る少年の表情もはっきりと分かる。
「私ね、事故だったの」
「?」
瑞穂の一言は、健一に疑問符を与えた。小首をかしげ怪訝そうな顔をする。
「あ、ごめん。私、ついこの前まで意識が無くてね」
「え? マジで? そんな感じに見えないけど」
健一は興味が無いのか、ぶっきらぼうに答えた。だが、瑞穂はそのまま話を続ける。
「でも、何ていうか。意識だけは何処か遠い所にあって……そんな不思議な感じがしてた」
「幽体離脱ってやつ?」
「さぁ、私には何とも言えないけど」
手に持っていた炭酸飲料を口に運び、微笑んでみせた。健一は「ふぅん」とつまらなさそうに口を尖らせる。幽体離脱なら不思議な話だが、それが単に夢の話だとすると興味は一気に削がれるからだ。
「でもさ、お姉ちゃん怪我とかしてなさそうだけど?」
「え?」瑞穂はそう言われて、自分の身体をあちこち見て回った。薄暗い中で、
それは傍から見れば、マリオネットの様に写ったかもしれない。
「そ、そう言われてみればそうかも」
改めて見たが、かすり傷が左ひじにあるのと額の左上にガーゼが貼り付けられている程度で、後は外傷らしい物は皆無だった。
「どんな事故か知らないけど、奇跡なんじゃない?」
「どんな……事故?」
自分はどんな事故でここに運ばれてきたのだろうか。そう言えば聞かされてない。と言うより、記憶が曖昧なのだ。
「どうしたの?」
「え? あ、いや、何でもない」
言って数秒、瑞穂は自分の中にある記憶を辿ってみた。
変な封筒が届いて。それら、その中身を見て……京平に電話をして……。
「京平……」
「え? 誰?」
「え?」
口に出た名前だが、今一ピンとこない。記憶が断片的で、整理しきれていないと言った方が正しい。『京平』という名前には、懐かしさがあると同時に罪悪感が僅かに込み上げて来る。そんな感覚が含まれていた。
「それって、カレシ?」
「ち、違うわよ」
「そうなんだ」
「そうよ、私の彼氏は……彼氏の名前は……」
「名前は?」
「えっと、内緒よ」
「何だよそれ。期待させといてさ」
「うふふふ」
とは言ってみたが、瑞穂の脳裏に彼氏の名前が浮かんで来なかったのである。必死に思い出そうと努力はしてみたが、その輪郭さえおぼろげな姿だった。
一体どうしたというのだろう、自分の記憶がある所と無いのが入り混じっている。事故の後遺症……そう楽観的に片付けるのは簡単だったが。瑞穂自身、そうすんなり受け入れられるものではない。
「で、どうして入院してるの?」
健一の質問が耳に届いた。コーヒーを一口運び、足を組みかえる彼の姿があった。
「えっと……」
右手で口を覆うような仕草をし、瑞穂は視線を上方へと向けた。断片的にある記憶を再び整理する。隣では少年が無言のまま、瑞穂が次の言葉を発するのを待っていた。
――しかし。
自分が何故入院してるのか……そもそも、自分が事故で入院してるのかさえ曖昧だった。
「ごめんなさい」瑞穂は素直に謝った。
「え?」
「何か、思い出そうとすると頭が重くって」
「あはは、いいですよ。きっとまだ本調子じゃないんですよ」
健一は軽く笑って言った。瑞穂は申し訳なさげに「ありがとう」と一言言い頭を下げた。
瑞穂は自室に戻ると、ベッドの上で天井を見上げながら思い返していた。
何故思い出せないんだろうと。明日、両親に直接聞くという手もあるのだが、気になって眠れそうもなかった。
寝返りを幾度か繰り返し、時計に目を向けた。夜明けにはまだ遠かった。ふっと溜息をついて瞼を閉じた。
それから少し経って、何かの気配で瑞穂は再び瞼を開いた。辺りは未だ暗く、あれから幾分も経過していない事がすぐに分かった。
「!!」身体を起こそうとした瑞穂だったが、自由が利かない。金縛り? そう彼女は直感した。動かせるのは両目だけ。一気に恐怖心が全身を包み込む。
「んっ」右手に力を入れるが、ピクリとも動かない。
鼓動が高鳴り、呼吸も荒くなってくる。
息が苦しい……。
こんな感覚は今までに味わった事が無かった。半ばパニック状態になってきてるのを、瑞穂は感じていた。
足元へ視線を向けると、そこには確かに何か居た。それが何なのかは分からなかった。人方と言えばそう見える、濃い霧のようなモノがぼんやり見えていた。目を凝らしても、それはユラユラと揺れ定まった形を成さない。
「何なのよ」声には出なかったが、瑞穂の唇がそう順番に形作った。
薄ぼんやりとした影は、しだいに一つの形を形成していった。
やはりと言うべきか、それは明らかに人の形を成していた。
「……やぁ、瑞穂」ソレはそう言葉に出した。
驚きと恐怖の中、見えた姿は……京平だった。
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「うっ……ん~」
く、苦しひ。何だこの押し潰されそうな感覚は!
寝苦しいぞ……。
「ぬわっ!」
意味の無い言葉を発し、俺は勢い良く布団を跳ね上げ上半身を起こした。
寝汗が酷く、パジャマがまとわり付いて気持ちが悪い。次に、汗がスッと引くとちょっとした悪寒が俺を包んだ。
枕元にある時計に目をやると、午前二時を過ぎていた。
最近、ハイテンションだったからなぁ。疲れもするよなぁ。
俺は、ベッドから出ると。抜けた水分を補給するために、キッチンに行こうと決めた。
ドアを開け廊下に出ると、ちょっと蒸し暑い感覚がしたが、まぁいい。
と、隣の部屋から何やら話し声が聞こえてきた。
「何だ?」
漏れ聞こえてきていたのは、唯の部屋だった。唯のやつ、TV消さないで寝たな。
――で、閃いた。
ぐふふふ、そうだ、TVを消してやる。という口実を元に唯の部屋に潜入だ。
仮に起きたとしても「駄目じゃないか、ちゃんと消さなきゃ」とか何とか言って。そんで唯が「ごめぇんお兄ちゃん、でもね……」とちょっと不安顔してさ。んでもって「でも、何だよ」と返した後に、「でもね、唯。ちょっと夜が怖かったんだもん」とか?
あははは、待ってろ唯。俺がその恐怖を拭い去ってやるぞ!
「いざ」
ドアに手を掛けた瞬間。その声の主がちょっと予想と違う事に気付いた。
「……だから、ちょっとは我慢してよ」
あれ? 唯の声だ。
「ったく、アタシもあれで結構我慢してるぜ」
ん? 誰だ? 女の子の声だけど。
俺はドアの前で耳を澄ます。盗み聞きかよって思ったが、夜中に友達を呼び入れるなんてけしからん! これは兄として状況を把握し、最適な対処をする為には必要不可欠な行動なのだよ。で、どれどれ。
「あれで? 本気で言ってるの?」
「マジマジ、もうあれが限界」
「もうちょっと唯の事考えてよぉ」
「ちゃんと考えてるさ」
「考えてない~」
何の話してんだ? 全然話が見えん。俺はそっとドアのノブを回し、ほんの少しだけ開けてみた。やはり、今度は目視で確認せねばならん。
「!!」
な、なんですと? 唯が二人居る!
見間違いかと思い、俺は一旦階段の先を見、再びドアの隙間を覗いた。
やっぱり、そこには唯が二人居た。こ、これは……一気に可愛い妹が二人出来たって事か! 何て俺は幸せモンなんだっ!
そんな事を考えてる間にも、二人の会話は進んでいた。
「じゃぁ何で、お兄ちゃんにあんな事言ったのよ」
「あんな事? ああ、あれか」
「あれかじゃないよ」
同じ顔が向かい合って、口の悪い方の唯はベッドに座り。そして、もう一人はその前に立って、右回りにぐるぐるとその場で回っていた。
「いいじゃねぇか、あんなバカ兄貴なんか」
何おぉ、もう一人の唯。そりゃねぇだろうよ。まぁ、頭はそんなよかねぇけど。
「良くないっ!」
「あはは、お前、あのバカ兄貴の事……」
「そ、そんな事ないよっ」
「あはは、赤くなってる」
可愛い方の唯、もしかして俺の事を? それがホントなら嬉すぎるぞっ!
「もう、お姉ちゃんのバカッ!」
なぬっ! お、お姉ちゃんだと? 唯に姉がいたってぇのか?
聞いてねぇぞ、バカ親父。
「そう言うなって、もう迷惑はかけないからよ」
「だからって」
そうか、双子か。そうか、そうか、うん。
――でも、ちょっと待てよ。
だとすると、あの時キッチンに居た唯は、もう一人の方だったって事か?
夢じゃなかったけど、夢みたいな話だぞ。すげぇぞ、口は悪いが顔は同じ、楽しみは二倍か? ちょっと違うテイストで刺激的ってか。
などと、感激に浸ってドアから目を離している時に、
「じゃ、アタシはこれで帰るからよ」
え? 俺がその声を聞いて再びドアの隙間に目をやると……。
何処に行ったんだぁ、まい・えんじぇ~る~!
二人が家に来てから、一週間が過ぎた。俺の妄想列車も毎日走り続けてる訳だが、時々、特急になっちまうのは、かなりヤバ目ではある。
だってよぉ、特に涼子さんが……もう、わざとかよって位の勢いで俺を誘惑すんだもの。まぁ、本人は全然そんな気は無いんだろうが。俺にとっちゃ、そりゃ生殺しだよぉ、って。
この前なんざ、お風呂上りにタオル一枚で家ん中歩き回るし。聞けば石鹸を探してたそうで、んなものちょっと言ってくれれば何ぼでも俺が……覗きついでに、って何言ってんじゃぁ!
敢えて例えるなら、と~っても利口な飼い犬が、自分の大好きなエサを目の前に出されて『待て』をさせられてる心境だ。ああ、俺は誓うぞ、もし犬を飼ったら待ては程々にすると!
どっちにせよ、決してどうにかしたい訳じゃないが、否、よそう自分を偽るのは……どうにかしたいというより、俺がどうにかなりそうだ! クソ親父、恨むぜ。この羨ましい状況と引き替えに、置いてった代償をよ。
なんて事を、俺はベッドの上で考えていた。今日は日曜、今は昼をちょっと過ぎた頃だろうか、実はさっきまで惰眠を貪っていたのだ。
そろそろ腹も減ったし、飯でも食いに行くか。
「っしょと」
この若さでかけ声が出ちまうとは、と思いつつ身体を起こした。少し頭がクラッとする。
こりゃ、寝過ぎだな。
スエットの上下という、何とも超ラフな格好で俺は下に降りた。
リビングに入り、
「おはよう……にはちょっと遅いかな? あはは」
などと言ってみたが、人の気配がしない。TVすらついてはいなかった。
「あれ?」
唯はともかく、涼子さんは居ると思ったんだけどなぁ。
そして、キッチンへ。
やっぱ居ない……か。
「ん?」
俺はテーブルの上にある紙切れを見つけた。
『お買い物に行ってまいります』
なるほどね。まっ、いいか。朝食も用意してくれてるみたいだし。
俺は、自分の席に座ると、たぶん朝食だろうと思われる食事を口に運んだ。
相変わらず、料理上手だぜぃ。
――二十分後。
「ごちそうさまでした」
はぁ、美味かった。涼子さんはまだみたいだし、TVでも見ますか。
ああ~まったりモードだねぇ、今日は。
リビングに再び入ると、さっきとは違っていた。
「ゆ、唯?」
そこには、ソファーに座る唯の姿があったのだ。
「ん?」
唯は頭だけをこちらに向けた。
「唯、何時帰ってきたんだ?」
「はぁ? アタシは何処にも行ってねぇぞ。寝てんのか?」
「うっ」
こ、この口調は……もう一人の唯。姉貴の方か? 黙ってたら全然わかんねぇよな。
だが、この前の俺とは違うぞ。あの時は驚いちまったが、今回は違う。
「べ、別にそんな事ねぇけど」
「ふ~ん」
相変わらずというか、何というか素っ気無い返事。俺はめげずに正面のソファに座った。
「な、何だよ」
唯は俺の行動を視線で追い、興味深げに見る。
「別にぃ、今日は逃げないんだなってよ」
逃げた? 俺が? ……あの夜の事か。
「まぁな」
外見は同じでも、中身が違うとわかればどうと言う事はない。
「ふぅ~ん」
ふぅ~んて、何でしょうか? その見下したような瞳は。
ちょっと引いちゃうなぁ俺。
「な、何か言いたそうだな」
「別にぃ、それに……アタシが誰なのかって事、知ってるだろ?」
「え?」
「気が付いて無かったとでも思ってたのか?」
気が付いてって、あの日、俺が覗いてた事知ってんのか?
それなら話は早いか。
「そうか、知ってたのか」
「ああ、この……スケベ」
言いながら唯が、正確には唯の姉貴がニヤリと笑う。ぬわぁ~その言葉が出てくるとはぁ、俺は聞きたくなかったぁ。まぁ、あの時勇んで中に入っていたら、もっととんでもない言葉が浴びせられてるんだろうな。そう、それは『変態』という言葉が!
「あ、その、すまん」
「へぇ、案外素直なんだ」
「……」
「まっ、いいか。アタシは柚実(ゆみ)」
「え?」
「知りたがってるだろ? 顔に描いてある」
「お、俺は……」
「ルードリッヒだろ?」
「はい?」
「違うのか?」
そ、それは言わないでくれぇ~。しかし、柚実がとんでもない顔で睨んでいた。
「いえ、その通りです」
つづく
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毎朝、可愛い妹と一緒に登校できる幸せ。同じ学校じゃないというのも、何となく萌える要素だな。
もう、忘れようアノ事は……何か悪い夢だったんだ。そう、あれは俺のこの羨まし過ぎる環境を嫉んでの呪い。生霊攻撃に違いない! 絶対そうだ。
と、誰の仕業かも分からないモノに変換し、俺は納得した。
――学校。
何時ものように、何時もの如く黄昏れてると、
「よう、相変わらずだな。お前」
そう言って声を掛けてくるのは、例によって真二だった。俺はちょいぼけた感じの顔を、真二に向ける。
「んあ?」
「それよかさ、見たぜ」
「はぁ? 何を見たって?」
少し興奮気味に真二が言うが、俺には何の事やらさっぱりだ。
「惚けんなよ」
惚ける? 俺が? つう事は俺に何か関係あんのか?
ん~エロ本は拾った覚えはねぇし、DVDも買った借りたも最近無い。
「何の事だ?」
「そこまで惚けるとは、俺は悲しいぞ」
益々もって訳わからん。
「だから、何だっつんだ」
「彼女が出来たなら出来たって、言ってくれてもいいじゃんか」
真二がにやけた顔でそんな発言をした。か、彼女ですか? 俺って、何時の間にそんな嬉しい事になってたんだっけ?
「誰の彼女だ?」
「誰って、お前のに決まってんだろぅが」
「はい?」
寝惚けた脳みそに血液が一気に流れ、フル回転する。だが……。
どうなってんだ? 俺に彼女なんて……誰かと勘違いしてんのか? まさか、俺と唯の事を言ってんのか? ありえんぞ、だいたい目撃するには道が逆だし。
「にしても、お前がロリ萌え好みだったとはなぁ」
腕組みをし、首を縦にウンウンと頷きながら真二が言った。
「萌えだと? 何言ってんだよお前は」
「またまたぁ。誰だ? あのセーラー服美少女は」
俺を覗き込むように真二が迫る。ちょい待て、俺にはそんな趣味はねぇぞ。
にしてもセーラー美少女……やはり唯の事か。こいつ、何処で目撃したんだ? くそっ、俺とした事がミッションに失敗するとは。軍曹が言っていたな、失敗は死を意味すると。
「なんだ、それか」
急接近した顔を離し、俺は背もたれに身体の半分を任せた。
ふっ、捕虜になっても俺は負けないぜ。
「何だって、それだけかよ」
不服そうな真二。俺だって声を大にして叫びたいが、だが、それだとあまりにもアレだろ? 俺の敗北を意味するのだよ。
「だってよ、唯は……」
「へぇ、唯ちゃんていうのか。可愛いねぇ」
「俺の妹だ」
「へ?」
まさにこれ、鳩がまめでっぽう食うって感じで、真二がフリーズした。まぁ、世の中、予想外の答えが自分を襲ったとき、誰しも起こす現象だろう。
――数秒。
「今、何て言った? 確か妹と」
再起動した真二の思考回路が、数秒前の出来事から復帰した。
「そうだけど」
こいつの驚いた顔見るのも、面白いな。
「だって、お前は単品だろ?」
「単品て何だよ。一人っ子って言えよ」
「どっちでもいい。それよか、隠し子か何かか?」
相変わらず立ったままで、疑問符を投げかける真二。
「んな訳ねぇじゃん。再婚したんだよ」
「へ? 親父さんが?」
「そりゃそうだ、俺な訳ねぇだろ」
「だよな」
「だよ」
「でも、良かったぁ」
「何がだ」
この安心しきった顔。まさかとは思うが……。
「唯ちゃんが……」
「ダメだ」
「まだ何も言ってねぇけど」
真二の言葉を遮るように、即答且つ否定的な答えを入れる俺。
全部言わなくてもだいたい分かる。何年こいつと腐れ縁やってんと思う。
「お前の魂胆は予想がつく」
「何だよそれ」
再び不服そうな真二に、俺は念を押すように続けた。
「唯は、俺の妹だからな」
「何だよそれ……ふ~ん、随分と過保護的発言だな」
ニヤケた顔の真二が、俺を見下ろしながら言う。お、俺は負けんぞ。
「そ、そうか?」
「ああ」
「で、誰が過保護ですって?」
そんなやり取りの中、少し威圧的な感じの声が割って入る。俺と真二はほぼ同時に、声のした方へ視線を向けた。丁度俺からは真後ろ、真二にとっては正面の位置になる。
そこには、亜利未が腰に手を当て立っていた。
俺は、椅子の背もたれを抱きかかえる様に座りなおし、身体を後ろに向けた。
真二は腕組みのまま立っている。
「面白そうな話ね」
何処と無く、不機嫌そうな顔の亜利未。気のせいか? まぁいいか。
「別に面白かねぇよ」と俺は言うが、
「それがな亜利未。こいつに、何と! 妹が出来たんだってよ」
組んでいた腕を解き、大げさな身振りで真二が伝えた。
亜利未は、うそ~と言わんばかりの表情で驚くが、
「へぇ、でもアンタんとこって父子家庭じゃなかった?」
「まぁな」
「ま、まさか……」
こいつも、隠し子? なんて事言うんだろ? 分かってるって。
「アンタの父さんて、実は女だったのね」
な、何故~っ! そんな発想が出てくるんだ。マジで言ってんのかよ。
「お前なぁ、どっからそんな事になんだよ」
「だってさ、父子じゃ絶対無理でしょ? て、事は母子しかないじゃん」
「ったく、親父が再婚したんだよ」
利口だと思ってたのによぉ。時々、天然なんだよなぁこいつは。
「……だよねぇ、アタシもそうじゃないかなぁって思ってたんだぁ。あははは」
照れ隠しか、ばつが悪そうに苦笑いする亜利未。何が、そうじゃないかって? さっきまで、確信に満ちた目で語ってたくせに。
「でもさ、妹って事は、最近流行りのデキちゃった婚てやつ?」
「それがよ、違うから面白いんだよ」
真二が亜利未の左隣に場所を移し言う。
「違うの?」
「違うんだよ」
「どう、違うのさ」
「こいつ、妹っていう割には、仲良く並んで学校行ったりしてんだぜ」
何言い出すんだよコイツは! 間違ってねぇが、改めて言われると恥ずかしいじゃねか。
「ふ~ん、仲良くねぇ」
亜利未が屈みながら俺の方へ顔を近づける。それも、含み笑いしながらだ。
「な、何だよ」
「随分と妹思いなのねぇ」
そりゃそうさ、あんなに可愛いんだぞ。物騒な世の中、何が待ち受けているか分からない。その世界から守ってやるのが兄として、否、男としての勤めなのだよ。
「ま、まぁな」
「で、何処の保育園なの?」
「へ?」
「違うの? じゃぁ幼稚園?」
どうやら亜利未は、妹が幼児だと思っているようだ。
「違う違う」
真二が右手を左右に振りながらニヤケる。そして、一瞬視線を俺の方へ、
「実は、中学生なんだぜ」
「うそぉ~」
「それがマジでさぁ。俺なんか彼女と勘違いしたんだぜ」
「へぇ~中学生ねぇ~ふ~ぅん」
「それがどうしたよ」
「アンタ、ロリィ?」
そう言うと微笑む亜利未。
何ですか? その意味ありげな微笑みは。で、言うにことかいてろりぃって事ぁ無いでしょうよ。俺はその辺に居る変態オヤジじゃないぞ……だぶん。
言い切れないのが辛いぜ。何せ、日々妄想列車が暴走中だもんなぁ。って、そんな事言える訳ねぇしな。
「何でそうなるんだよ」
「だって、ねぇ」
ねぇ、の言葉と同時に同意を真二に求め、二人して小首を傾げた。
その息ぴったりな行動はどうなの? 可愛い……んな訳ねぇだろっ!
「ったく、付き合ってらんね」
言いながら俺は後ろを向いた。
これ以上突っ込まれると、いらん事も暴露ってしまいそうだし。
――だが、そんな俺の気持ちを無視するかの如く。
「何、勝手に後ろ向いてんのよ」
と、来たもんだ。どう言う事だよ亜利未、後ろじゃなくて状況的には正面になるんだけど。
つか、勝手にって、何時から指導権がそっちに行ったんだ?
「そうだぞ、話はまだ終わってねぇ」
おい真二、お前まで俺の敵に回るのか? 同盟国じゃないかっ! 期限切れかよ。
くそっ、俺は一人でも戦い抜くぞ。そう、これは愛する大切な妹を、悪の改造から守るための必要な戦いなのだ。見てろよ唯! お兄ちゃんは愛の為に死んでみせる!
いや、駄目だ駄目だ。死んでしまっては唯が悲しむ。愛する人の涙はもう沢山だ!
「俺は断固として、悪に屈しないっ! 来るなら来いっ!」
俺は握り拳を天高く突き上げ、叫んだ。
「そうか、じゃこの問題解いて見ろ」
「はい?」
せ、先生……何時の間に?
――妄想の時は、三倍のスピードで流れるぜ。
認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の……以下略。
つづく
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窓際の白いカーテンがゆらりと揺れた。同時に微かな風が室内に入り込んでくる。病室というのは何処も変わらず、無機質だった。
一人部屋の中央には、無骨なパイプベッドが置かれ、その上に一人の少女が横たわっていた。腕には点滴が施され、頭上左側に置かれた心電図が規則的に波を打っていた。
傍らには中年の男女が座っていた。少女の両親だ。母親は少女の左手を握り必死に何やら祈っていた。父親は、ただ黙って少女の姿を凝視している。
ベッドの名札には『真鍋瑞穂』と記されていた。
——瑞穂は暗闇の中に居た。
「ここは……何処?」
辺りを見回しても、何も見えなかった。自分がどちらを向いているのか、正常なのか逆さまなのかさえ分からなかった。
「オマエノタマシイハ……」
不意に声が聞こえてきた。否、聞こえたというのは正しくなかった。どちらかと言えば、脳に直接響いてくる。そんな感じが正しいだろう。
「誰?」
「オマエノタマシイハ、ヨミニカエサレル」
「え?」
「カエサレルノダ」
何の事か分からない瑞穂。そして言い知れぬ不安が心を締め付けた。
「黄泉って何よ。帰されるって何?」
「オマエハモドレヌ」
「戻れない? 何処に?」
「モウ、アトモドリハデキヌ」
「何言ってるのよ。私は彼の元へ帰るの……帰るのよっ!」
「デキヌ」
「嫌っ、嫌よっ」
瑞穂は両手を振り回し、叫んだ。だが、その声は闇に打ち消されていった。
「スデニ、テオクレナノダ」
「嫌っ、私は生きたいの! 彼と一緒に、生きたいのよ」
「ナラバ、我トケイヤクセヨ」
「契約?」
「イキナガラエタイノナラバ、我とケイヤクセヨ」
「良いわ、生きられるなら契約でも何でもしてあげる」
「ヨカロウ」
手を繋いだまま、瑞穂は微笑んでいた。不気味な輝きの瞳が、京平を見詰めていた。
「お別れって……どういう?」
「そのままの意味よ」
言って、更に強く京平の手を握る瑞穂。それは女性の力とは思えない程、強く、痛いくらいだと京平は感じていた。
「み、瑞穂? 俺には……さっぱり」
「ふふふ、まぁいいわ」
再び笑む瑞穂に、京平は疑問と不安が入り交じった。目の前の社が何かを語りかけてくる。そんな感じさえした。
と、瑞穂は繋いでいた手をふっと離すと、京平の後ろに回り込み、背中を強く押した。不意をつかれた形になった京平は、バランスを崩し社の前へと押し出されてしまった。両足が水に浸かった。
「な!?」
「さよなら、京平」
背後でそんな言葉が投げ掛けられた。上半身を捻り、瑞穂の方へと視線を向けた京平。次に足を向けようと試みたが、動かなかった。深い訳ではない、ほんの数センチ……くるぶしの上が少し浸かる程度なのに、持ち上げる事さえままならなかった。
「な、足が……瑞穂!」
「……私は、生きたいの」
「そ、それが……何だよ」
「だから、ごめんね」
「訳、わかんねぇぞ、オイ」
「……」
京平の問いに、瑞穂は何も答えず、ただ微笑むだけだった。
「瑞穂っ、何か言えよ……ぬわっ」
京平の足下が沈み始めた。視線を瑞穂から自らの足下へと移す京平。
「!!」
言葉が出なかった。
両足にまとわりつく青白い手が、無数にあったのだ。細い、今にも折れそうな指が、ワサワサと這い出て京平の足首を掴む。そして、外側から這い出た違う腕が、ふくらはぎ辺りまで伸びてきた。
必死でその手を、腕を振り払うが、虚しく空を切るばかりだった。
「くそっ……くそっ」
そうしてる間にも、自身の身体は沈んで行った。
「瑞穂っ! 助けてくれ! 瑞穂!」
京平は上半身を再び彼女の方へ向け、叫んだ。だが、瑞穂はただ黙って彼を見詰め、冷たく微笑んでいた。
「瑞穂っ! お前……ぬわ、くそっ、放せ!」
下半身が水中に沈もうとした時だった。何か大きなモノが、底から浮き上がってくる感じがした。黒いモノだ。
「なっ!」
次第にその陰が何なのか鮮明になってくる。
ぬちゃっ……粘着質なモノが僅かに水面から顔を出す。黒く、細い海藻にも似たものだった。そして、半分ほど出た時に京平は確信した。
頭だ……人の頭が浮かんできたのだ。髪の毛はくしゃくしゃで長く濡れ、頬はこけ、目の周りは窪んでいる。男か女かさえ判別がつかない程だった。
その顔が、京平を凝視する。更に恐怖心が増す。
「くそっ、瑞穂!」
京平が三度彼女を見ると、瑞穂は右手を軽く振った。
「バイバイ、京平」
そう笑って言うと、その姿がふっと消えていった。
「み、瑞穂!?」
自分は夢でも見ているのか? そんな錯覚さえ覚えた京平。だが、それは現実だと直ぐに引き戻された。今感じている痛みや感覚は夢じゃない、と。
そして、また身体が沈んでゆく。青白い手は胸の辺りまで届き、両腕を拘束しようと伸び始めていた。不気味な顔は、首の部分まで出て口が半開きの状態になっていた。そして、その口からは既に言葉ではない呻き声が発せられている。
「くそっ」
必死にもがくが、その行動は徒労に終わる。京平の身体は既に喉元まで沈み、瞳は光が失われていった。ただ一つ、瑞穂に向けられた恨みは消えぬままに……。
――三日後。
窓から入る柔らかい日差しの中、瑞穂はゆっくりと目を開いた。
見慣れない白い天井、鼻をくすぐる消毒液の匂い。首を左に振ると、自分の手を握る女性の姿が飛び込んできた。
「……お母さん」
連日の看病で疲れ、眠っていた母。その声に、一度ピクリと肩を振るわすと母は固く閉じていたまぶたを開いた。
「お母さん」
もう一度、母を呼び握られた手に力を込める瑞穂。母の瞳に生気が戻り、次に止めどなく涙がわっと溢れ出す。
「み、み……瑞穂」
母は瑞穂の手を握ったまま、瑞穂に頬ずりし、そして、力の限りに抱き締めた。
「……お母さん」
暖かな温もりを感じながら、瑞穂もまた手の平に力を込めた。
ややあって、病室のドアが開く。院内の一階、片隅にある喫煙所から父が、俯き加減で戻ってきたのだ。
入り口の方へと視線を移す瑞穂。
「お父さん」
「!!」
忘れようにも忘れられない、娘の声が両耳の鼓膜を振動させた。床に落としていた視線と顔を持ち上げ、窓際にあるベッドへと向ける。
「……み、瑞穂」
視線の先には、にっこりと微笑む瑞穂の姿があった。この瞬間を、一体何日待ち続けただろうか。一時は、このまま目を覚まさないかもしれない、と言う最悪の事態まで想像していた。しかし、それは見事に裏切られ、最高の形となって姿を現したのだ。
父は一歩づつ、ゆっくりと瑞穂の元へと歩み寄って行った。その瞳には母と同様に、涙が溢れ、流れていた。
「母さん、瑞穂が、瑞穂が……」
母と瑞穂の顔を交互に見、言葉に詰まる父だった。
そして、それを祝福するかのように、カーテンが何時になく大きく揺れ、清々しい風と緑の匂いを運び入れてきた。
瑞穂が、意識を取り戻して一週間が過ぎた。事故当時、外傷は殆ど見受けられなかった瑞穂には、院内を歩く事は、そう困難な事では無かった。
そんなある日、瑞穂は夜中にふと目を覚ました。月明かりのせいか、病室は青白く照らし出され、見慣れた天井がどんよりとして見えた。枕元に置いてあった、電波式の小さなデジタル時計に目を移すと、二時〇三分と標示されていた。
特別、寝苦しいという訳でもないのに、何故こんな時間に? そう瑞穂は思った。
上半身を起こし、ふっと息を一つ吐くと、瑞穂はベッドからするりと抜け出た。ちょっと院内を歩いてみよう。そんな衝動に駆られた瑞穂は、ドアを開け、廊下に出た。非常口の緑色と、必要最低限の灯りで廊下は薄気味悪い。やはり微かな消毒液の香りが、瑞穂の鼻を突いた。
「夜中って、どんなトコも不気味」
言葉とは裏腹に、ちょっと期待感が込み上げてくる瑞穂。
エレベーターで四階から一階に降りる。総合病院であるここは、各科ごとに待合所が設けられていた。何時も人で溢れている待合所が、ガランとしていた。特に薬局の前は人が居ないと、こんなにも広いのかと感じさせられた。
辺りを見回すと、一番後ろの方に人影が一つあった。
「?」
瑞穂は視線を流すように移し、再び正面に戻した。人影に構わず通り過ぎ、待合所抜け反対側の喫煙室へと向かった。たばこを吸うわけでは無い、目的はその横にある自動販売機だ。
薄暗い中で、二台の自動販売機は煌々と輝いていた。何の変哲もない、ただの自動販売が瑞穂には眩しく感じる。
「どれに、しよっかなぁ」
赤いペイントのされた販売機の前に立ち、瑞穂は楽しそうに選ぶ。うん、これにしよう、程なくして決めたのは、炭酸飲料だった。手に取り、ひんやりとした感触が手の平から伝わってくる。すると、瑞穂はもう一本、缶コーヒーを買った。
薬局の前の待合所に来ると、まだ居る人影へと歩を進めた。相変わらず薄暗いが、その人影は少年のようだった。瑞穂はその少年の側まで来ると、缶コーヒーを目の前へ差し出した。
「こんばんは」
そう言葉を発すると、俯いていた少年は視線を瑞穂の方へ向けた。
「あっ」
「飲む?」
瑞穂は差し出したコーヒーを、少年の前で左右に一度振った。少年は微かに笑うと、頷いた。
「ふふ、じゃ、これ」
「ありがとう」
「隣、いい?」
「あ、うん」
二人は並んで、薄暗い待合所の椅子に座った。少年は幼さの残る顔立ちで、深緑の半袖シャツに黒のジャージ姿。身長は知れないが、瑞穂より高いことは明らかだった。
プシュ、涼しげな音を立て、買ったばかりの炭酸飲料を開ける瑞穂。少年も続いて缶コーヒーを開けた。
「ねぇ、君……名前は? あ、私は瑞穂」
「え? えっと、僕は……健一」
「健一くんかぁ……あ、ごめん、私より年下、だよね?」
と言いつつも、その風貌から、瑞穂は健一が年下だと決めてかかっていた。健一はコーヒーを一口飲み言った。
「多分下、十三だし」
「あ、やっぱり……よかったぁ」
決めつけていたとは言え、ただの童顔だったらどうしようかという気持ちもあったので、健一の言葉は瑞穂に安堵をもたらした。
「ねぇ、健一くんは……」
続きを言いかけて、健一が口を挟む。
「健一でいいよ」
「あ、じゃぁ、健一は、どうしてこんな時間に?」
「別に……ちょっと寝付けなくて」
「じゃあ、私と一緒だ」
「え?」
「実はね、私……」
瑞穂は、自分が何故この病院にいるのか、事の経緯を健一に話し出した。何故、彼に話したくなったのか、瑞穂自身も分からなかった。ただ、無性に話さずにはいられなかったのだ。
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外は暗く静かで、時折、車が前の通りを過ぎてゆく音が聞こえる程度だった。
俺は机にある電気スタンドを灯し、進まない宿題をその上に広げていた。ふと、天井を仰ぐように見詰めると、脳裏に浮かぶのは涼子さんの事だ。だって、下着着けてないんだぞ。それじゃ、寝る時もなのか? 今この時間も、彼女はベッドの中で……まさか全裸とか? いやぁ、照れちゃうなぁ。
待てよ、て事はだぞ、あの母に育てられた唯も、ひょっとして……ひょっとするかも? あ、でも朝はパジャマ着てたな。それとも、起きて来るのに、全裸じゃ都合が悪いから着て来たとも考えられる。
うん、この説は有力だ。
俺は宿題に一区切りを付け、何か冷たい物でも飲もうとキッチンに向かった。時計は既に日付が変わり、二時間を過ぎようとしていた。
二人を起こさないように、そっと、ゆっくり静かに階段を下った。
すると、リビングのダウンライトが灯っているのが見えた。オレンジ色の光が、ドアのガラスから漏れていたのだ。
消し忘れか? 俺はキッチンではなく、リビングへと足を向けた。
ドアを開けると、そこには三人掛けのソファーの真ん中に座る、涼子さんの姿が飛び込んできた。
「りょ、涼子さん」
「ん?」
俺の言葉に、涼子さんは反応し、上半身を少し捻り俺の方へと身体を向けた。白い長襦袢(ながじゅばん)が少し崩れ、胸元が大きく開いた。
「あら、ルードリッヒ。どうしたの?」
彼女は胸元を直す事もせず、俺にそう言った。今にも、その大きな乳房が零れ落ちそうなくらいだった。
くぅ~、何て艶っぽいんだぁ。そして、テーブルに視線を移すと、そこには日本酒だろうか、徳利とお猪口が置かれていた。……飲んでるんだ。
と、思いつつも俺の視線は再び胸へ。うわぁ、結構デカイんだなぁ。
「えっと、何か冷たい物でも飲もうかと思って」
「ふぅん、そう……じゃ、あたしと一緒に飲むぅ?」
「え? まさか、俺はまだ学生ですよ」
「ふふふ、真面目なのね」
「ははは、そうですか?」
「そうよ、今時珍しいわ……ねぇ、ここ、座らない?」
涼子さんはそう言って、俺に隣に座るよう勧める。相変わらず、長襦袢は直そうとしない。誘ってるのか? まさか、涼子さんに限って。いや、しかし……バカとは言え親父と再婚までしたのに、いきなり出張で居なくなったんだ、もしかしたら寂しいのかもしれない。え? 何だ? それじゃ、俺はあのバカ親父の代わりか?
って、んな事たぁどうでもいいか。俺は、言われるままに腰を下ろした。
すると……。
「ど、どうしたんですか?」
俺が座るやいなや、涼子さんが寄り添ってきた。
「ふふふ、照れてるの? 可愛い」
ふわっと、いい香りが俺の鼻をくすぐる。白い肌が、俺の視線を釘付けにした。
「ねぇ、ルードリッヒ?」
「はい?」にしても、その名前、まだ馴れないぞ。
「あたし、どう見える?」
「ど、どうって?」
「ふふふ……」
「はっ!」
俺は流れた涎を拭った。ちっ、またやっちまった。勉強疲れか?
ノートを見ると全く進んでない。妄想疲れだな。ははは……。
まぁいい、マジに何か飲み物をっと。俺は部屋を出ると、階段を静かに下りた。
「あれ?」
リビングの方から、微かに明かりが漏れているのが見えた。
「ま、まさか、正夢?」
どきどきと胸の鼓動が高鳴る。そっとドアを開けると……誰も居ない。
「はははは」現実は厳しいねぇ。ダウンライトのスイッチを消し、キッチンへ。
冷蔵庫を開き、ミネラルウォーターをボトルのまま喉に流し込んだ。
「……っはぁ」美味い。ボトルを冷蔵庫へ戻そうとした時だった、背後に気配を感じた。振り返るとそこには……。
「ゆ、唯? 唯……なのか?」
俺は暗闇の中、そこに居るであろう人物に向かって言った。
誰か分からないのに、唯の名前が出るあたり、かなり意識してる証拠だな。違ったらどうすんよ俺。まぁ、実際のところ二択だからな。答えは二つに一つさ。ふっ。
いや、ちょっと待てよ。もしかしたら、あちらのお方とも考えられる。それだったら非常にマズイぞ。何故かって? そりゃあぁた、唯の事知らないかもしれないし、何と言っても恥ずかしいじゃんか。
――そうだ。
俺はキッチンの明かりを付けた。オレンジ色の光が、広がるように部屋を照らした。ハナからそうすりゃ良かった。安堵感も同時に広がる。
改めて、キッチンを見回すと……。
「お兄ちゃん?」
「ゆ、唯」
そこには、テーブルにグラスを目の前に置いて、椅子に座っている唯がいた。マグカップの中にはミルクが入っていた。
「お兄ちゃんも飲む?」
「はい?」
「ミルク」
唯はにこっりと微笑むと、両手で包んでいたマグカップをススッと前に押し出した。
ほんのりと、湯気が立ち上っている。ホットミルクかぁ。
何て可愛いっ! 俺のハートもホットだぜっ!
だが、対応は常にクールに。クールな男はカッコイイと相場が決まってるしな。
「ミルクなんて、唯はまだまだ子供だな」
俺は少し笑って言った。
――だが。
「何よ、偉そうに。アンタにそんな事言われたくねぇよっ」
「!」
俺の聞き違いか? それとも何か気に触る事言った? あれ? あれ? 唯の顔を見ると、眉は吊り上り、瞳は怒りに満ちていた。そっかまだ俺は……。と、思いつつ、
「ゆ、唯、どうかした?」
「何だよ、まだ何かあんのかよ。このバカ兄貴!」
ぬわ~っ、何て事だ! あの唯の口から、そう、あの可愛い口からそんな言葉が出るなんてぇ。いや、出るはずが無いのだ。
そうか、これは夢だ。そうだ、そうに違いない。
もう一度寝よう。これが夢なら、覚めるだろう。
寝るには、やはり、部屋に戻らねば。
「えっと、俺は部屋に戻るが、唯はどうする?」
「お前に、教える義務は無い」きっぱり、はっきり言い放つ唯。
「そ、そうでございますね。俺……いえ、僕はもう部屋に戻りますので」
「そっ、ならさっさと行きな」
唯は、まるで野良犬を追い払うかのごとく、左手をシッシッと俺を仰いだ。
く~っ、俺は犬かよぉ~。んや、これは夢なんだ。
――再び、そうだ。
夢か否か、簡単に確かめる方法があった。
俺は、自分で自分のケツをちょい強く摘んでみた。
「痛っ!」
ば、ばかな。そんなはず無い。そうか、力を入れすぎたんだな。そうでなければ、痛いなんてありえねぇ。俺は否定するぞ、しなくちゃならんのだ。それが男ってもんだ。そうだろ? 我が同志よ。
部屋に戻ると、俺はベッドにすぐさま潜り込んだ。朝になれば、きっとあの可愛い笑顔で、俺を迎えてくれるに違いねぇ。
しかし、目を閉じると、唯の顔が脳裏に焼付いて離れない。あの豹変ぶりは何なんだよ。俺は悲しいぞ、唯。
大丈夫、きっと朝になれば、この悪夢も覚めるだろう。
俺は恐る恐るキッチンのドアを開け、
「お、おはよう」
ちょっとかしこまった様に挨拶した。
「あら、おはようございます」
相変わらずの和服に割烹着姿の涼子さんが微笑む。そして、食卓の方へと視線を移すと、そこには唯が既に座っていた。
「お、おはよう。唯」
「おはよう、お兄ちゃん。今日は唯の方が早いでしょ? ふふ」
うおぉ~っ、はやり夕べのは夢だったかぁ!
だよなぁ、唯に限ってそんあ事はねぇって思ってたぜ。
今日の俺も、幸せ満点だっ。
「さぁ、朝食にしましょう」
涼子さんが、優しい口調で言いながら、テーブルに朝食を手際よく並べた。
つづく
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ああ、天井が白い。
……白い? あれ? 俺どうしたんだっけ?
――しばし、記憶の整理。
そうか、あの時、亜利未の本気パンチを食らって。
俺は首だけを左右に動かし状況を確認した。保健室だった。そして、驚いた事に、亜利未がパイプ椅子に座っているのが見えた。寝ているようだ。
まさか、亜利未が俺を? いくらなんでもそれは無理だな。絶対一人じゃ運べまい。真二か?
そうこう思いを巡らせている間に亜利未が起きた。
「あれ? 起きたんだ」
「あ、ああ……」何、ちょっと照れてんだ俺。
「だいたいお前が悪いんだぞ」言いながら亜利未がそっぽを向く。
「まぁ、あれはほんの冗談のつもりで……」
「当たり前だ」向き直りながら人差し指を立て、俺の胸を突いた。
「あ、いや、その」
「まぁいい。今度やったら殺すからな」
「さぁ、それはどうかな」はぐらかしてみる。
「ぜぇ~ったい殺す」今度は中指を立て俺を威嚇。しかし、その言葉とは裏腹に、表情が柔らかいのが見て取れた。亜利未ってこんな顔もすんだ。
「兎に角、もうちょい寝てなよ。じゃ、あたしは行くから」亜利未は俺に背を向けると、その場を後にした。
「寝てろ……か」
って、俺が黙って寝てる訳がねぇ。俺は唯の下校時間に合わせて迎えに行かなくてはならんのだ。これは、兄として使命なのだよ、悪いな亜利未。
身体を起こすと顔面が少し痛むが、後は大丈夫だ。可愛げの無いベッドから出ると、入り口横にある鏡で顔をチェック。
「よし」赤みが多少残ってはいるが、時期消えるだろう。っしゃぁ、待ってろよ我が妹よ。
だが、まだ授業が残っている……やっぱ、寝るか。
やっと放課後だっ! たっぷり寝て英気も養った。ここからが勝負だ。
俺は早足で学校を跡にすると、唯の中学へと直行した。いやぁ、心が踊るとはまさにこの事、足取りも軽いぜ。
十数分歩くと、目的の校舎が視界に入ってきた。いよいよだ……。
「お兄ちゃん!」唯は嬉しそうな顔を見せ駆け寄ってきた。俺は軽く右手を上げて、
「やぁ唯、今帰りか?」と返した。
唯は俺の前に来ると、息を整えながら言った。
「うん、でもどうしてここに?」
「いや、ちょっと通りかかったから」
「なぁ~んだ、てっきり唯の事迎えに来てくれたのかと思ったのに」
ちょっと残念そうに、むくれる唯。
その表情が何とも可愛いっ! ぎゅぅっとしたいくらいにだ。
そして俺は、笑いながら言った。
「そうすねるなよ、ホントは唯を迎えに来たんだ」
「ホント? 唯、嬉しいっ!」
ぱぁっと明るく笑う唯が、俺に抱きついてきた。
「はっ」俺は首を左右に振り、我に返った。ヤバイヤバイ、また俺の妄想癖が出ちまった。
「ちょっとぉ、あの人さっきからニヤニヤしてて気色悪いのよ」
「うっわぁ~まじ? 先生呼ぶ?」
「やっぱ警察っしょ」
「だよねぇ」
下校中の女子達の言葉が、俺の鼓膜を揺るがす。ちっ、手遅れか……。
仕方ねぇ。
俺はその場から離れ、様子を見る事を余儀なくされた。勿論、校門は視界に入っている。少し遠いが、完全な変態指定を受けるよりはマシだろう。
――十分。
――――ニ十分。
――――――三十分。
遅い、遅すぎる。下校時間が過ぎに過ぎている。まさか、唯に何かあったんじゃ。まさか、誘拐……。ありえる、唯は誰が見ても可愛いからなぁ。
君可愛いね。とか何とか言って、無理矢理車に乗せられて。それから……それから、営利誘拐って事はまずないだろう。俺んちは金在る訳じゃねぇし。
やっぱ、在るとしたらイタズラ目的か。やばすぎる、こうしちゃおれんっ!
待ってろよ唯! 今、俺が助けに行くからな。
大変な事になったぞ。どうする? まずは警察に連絡か? んや待てよ、連絡したばっかりに、犯人を逆上させてしまい、唯の身に更なる危険が起こるとも限らん。
よし、ここは心配してるであろう涼子さんに、電話して不安を取り除いてやるのが男として勤めか。
いやいや、電話口で錯乱して収拾が付かなくなったらどうする?
……事情を説明しないで、唯が帰って来てるかどうかだけ確かめる。うん、それが一番いいかもしれん。
俺は走っていた足を止め、ズボンのポケットから携帯を取り出した。よくある二つ折りのタイプで、画面が横になってTVが見れる……んな事はどうでもいい。兎に角電話だ。
数回のコール音の後、涼子さんが出た。
「もしもし?」
「あ、涼子さん?」
「はい? どちら様でしょうか?」
「あ、俺だけど」
「俺様、で御座いますか?」
相変わらず、マジか冗談か分からない人だ。
「俺だよ、俺。分からない?」
「そう言われましても、俺様という方は、私存じないのですが」
「もう、この声で分からない?」
「……ああ」
「思い出してくれた?」
「アナタ様は、所謂、振り込め詐欺の方ですね」
かぁ~そう来たか! まさかそう切り替えされるとは思っても無かったぜ。そんな涼子さんに乾杯。
どうする? ……こうなったら仕方ない。
「俺だよ、ルードリッヒ」くぅ~この名だけは、自分から口にしたくなかったぁ。だが、今は一刻を争う、そんなちんけなプライドなぞクソ食らえだ。
「本当で御座いますか?」
うおぉ~っ、完全疑われてる~。どうせ言う事になるなら、最初から言っておくべきだった。辞めそこねた大臣の気持ちが、ちょっと分かるぜ。
「ああ、正真正銘のルードリッヒだよ」くそ~二回も言う事になるとは。
「ん~左様で御座いますか。それでは、本物と仮定して、お話を進めさせて頂きます」
「は、はぁ」
釈然としないが、話が前に進むなら、仮定でも家庭でも何でもいい。
「それで、ご用件というのは?」
「それだ、唯、唯は帰ってる?」
聞いてはみたが、帰ってないのは明確。俺はその後の言葉を模索した。
「帰宅しておりますが、それが何か?」
「そうですか……って、はい?」
とんだ骨折り損だぜ。
俺は、足元にあった小石を軽く蹴った。小石は数回道路を跳ねた後、道路の端で動きを止める。取り敢えず、無事で良かった。
「ただいまぁ」
玄関に入ると、確かに唯の靴があった。やっぱ帰ってきてんだ。
リビングに直行してドアを開けると、唯と涼子さんが仲よさそうにお茶していた。
「あ、お帰りお兄ちゃん」
「お帰りなさい、ルードリッヒ」
「ただいま」
二人の笑顔を見ると、さっきまでの苦労が吹き飛んで行く。ああ、やっぱり二人は俺にとって、回復の泉なのだ。そう、再認識した。
「先程なのですが……」涼子さんが、かしこまって話を切り出した。
「何?」俺は、三人掛けの椅子に座っている、唯の隣に座った。丁度、涼子さんの正面になる。
「変な電話が御座いまして」
やっぱりぃ、俺の電話の事かぁ。ここは、白を切るしかねぇな。
「そ、そうなんですか? で、どんな電話?」
「ええ、それが変な電話なんですよ」
だろうな、振り込め詐欺扱いされたくらいだし。
「へぇ、どんな風に?」
「ええ、今着けている下着の色を聞いきてきたんです」
「はい?」
「奥さん、今、何色のパンティ穿いてるの? って」
おいおい、今時そんな変態いるんかよ。天然記念物だな、そいつ。
「それで、答えたんですか?」
「ええ、聞かれましたから一応……」
こ、答えたんだ。何て律儀な人だ、この人は。
「で、何と?」
「何時も和服ですので、下着というものは着用していません、と」
な、なにぃっ! 下着無しですとっ! それじゃ、今俺が見てる涼子さんは……涼子さんは~ノ、ノ、ノー(ぴー)って事かぁ?
や、やばいぞ、俺の、俺の隠れた意識が、暴走しそうだっ! もう一人の俺が、脳内を駆け回り、そして、暴れん棒が目を覚ましてしまう。
何と、健全な性少年には危険な言葉なのだろうか。
バカ親父……俺、本当に間違いを起こさない、自信がありません。
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ペンライトに荷造り用のビニール紐、そして瑞穂の地図を取り出す京平。地図は濡れても平気な様にビニール袋に入れ、携帯重視に縮小コピーしておいた物を使う。
「ライトと地図は分かるけど、紐はどうするの? 引っ越しでもするわけ?」
「はい?」
思わず語尾のアクセントが上がってしまう京平。
「地図が有るとは言え、中は暗がりだ。地形が変わってるかもしれないし、そもそもの地図が正しいとは限らない……だから」
「だから?」
「迷ってもこれを辿って戻れば帰れるって訳だ」
「なるほどね。でも……」
「でも?」
「途中で切れたらどうするわけ?」
「…………大丈夫」
「ホントに?」
「……多分」
「何ともねぇ」
瑞穂は少しの溜息をついてみせたが、その瞳は好奇心に満ちていた。京平は紐の端を入り口近くの木に括り付けると、本体をザックのサイドポケットに入れた。
「ねぇ、京平?」
「ん?」
「それ一個で足りるの?」
もっともな疑問であった。これから入る洞窟は言わば未知の世界。どれくらいの広さがあるのか皆目見当が付かない。不安そうに見詰める瑞穂。だが、京平は自信ありげに微笑むと、
「ああ、多分大丈夫だと思う」
「どうしてさ」
「予備はあるんだ」
「あ、そう」
ペンライトを持ち、二人は中に入っていた。まずは何処が地図の入り口なのか特定する必要があった。可能性があるのは三カ所。一つは入って直ぐに十字路になっている所、二つめは三股に分かれている所、最後は分かれ目が無く真っ直ぐに伸びている所だった。京平は入ると直ぐに辺りをライトで照らした。埃っぽい空気の中に、土の匂いが入り交じっていた。地図を注意深げに見ながら、現状と照らし合わせていく。
「ここか……」
「え?」
「俺達の居る場所さ」
京平が広げた地図を瑞穂に見せ、指さした。それは、十字路に分かれている所だった。
「て事は、まずは三択って訳ね」
「そう、前か、右か、左……ただ」
「ただ?」
「地図が正しければ道は一つ、左なんだけどね」
「それを早く言って」
憤慨する瑞穂に京平は笑ってみせた。
二人は慎重に左の穴へと歩を進めていった。幅は一メートル弱といった所だろうか、二人並んで歩くには少し狭い。地面には大小様々な石が転がり、時折つま先に当たったり、乗り上げてバランスを崩しそうになった。壁に手をやると、ザラザラした岩肌があり、明らかに人工的に削られた部分が見て取れた。
分かれ道に来るたびに、京平は地図と照らし合わせて進むべき道を決めた。目標は地図中央にある広間。そして、そこに記された二重丸だった。無論、目印も忘れずに残して置く。手頃な岩肌にマジックで、来た方向を示す矢印を書いた。一見、目的地へは直ぐに行けそうなのだが、結局の所一番遠回りしなくては行けない場所にそれはあった。
目も暗闇に慣れてきた。二人の気持ちにも多少の余裕が出てくる。地図があるとは言え、相変わらずそれが正しいかどうか不明なのは変わりはしないが……。
幾つかの分かれ道を過ぎ、着実に目的の中心部へと近づいている。時折、寄り道したくなるような道に出くわしたが、その度に瑞穂が引き止めた。理由は「怖いから」という極単純で分かり易いものだった。京平は思った……この洞窟に入り込んでいる時点で、その怖いのではないのかと。女性というのは全く分からない、そう感じていた。
どれくらい進んだだろうか、三つ目の紐が無くなった。
「結構深いな」
京平はつぶやき、予備の紐を取り出す。瑞穂がその様子を見て。
「ねぇ」一言声を掛けた。
「ん? 何?」
「少し休まない?」
そう言われて、京平は腕時計にライトを当てた。洞窟に入って約一時間経過していた。慣れてきたとは言え、この暗闇を一時間も歩いたのだ、披露も蓄積されるだろう。
「そうだね。じゃぁ、そこいらで休憩しよっか」
「うん」
京平は適当な場所を探した。ライトで辺りを照らすと、二メートル程先に平らで開けた場所が見えた。
「あそこにしよう」
「うん」
二人は並んで座ると、じっとりと染み出た不快な汗を拭いた。温くなったスポーツドリンクで喉を潤す。京平は改めて地図を広げ現在地を確かめた。そこを右横から瑞穂が覗く。そこだけ見ると、仲の良いカップルの様だった。
「どこら辺まで来たの?」
「ん? そうだなぁ、この辺だと思う」
京平が、真ん中より少し左上を示した。
「あんま来てなくない?」
「そうだなぁ、案外この洞窟って広いのかも」
「広いって、どれくらい?」
「入り口がここだろ? で、今居る所がここだと仮定すると……」
「すると?」
「持ってきた荷造り用の紐の長さが一個百メートルだから……」
そう言うと京平は地図を指で測り始める。
「どんな感じ?」
「思ったよか広いな、ココ」
「え?」
「単純に目的地の距離だけ言うと、後、八百メートル弱位かな」
「ええ~っ! そんなにあるのっ!」
声を張り上げる瑞穂に、京平は「ある」と、静かに言った。
ここで誤算だったのは、予備の紐が足りないという事だ。残りは二つ、それだけでも家にあった物を残らず持ってきたのだ。それで足りる……そう京平は踏んでいた。しかし、現実は違っていた。尺図が分からないのが、ここにきて致命的なダメージを二人に与えようとしている。どうしたものか……京平はじっと地図を見詰めた。しばし見詰め、ふと瑞穂に視線を移した。
「な、何してんだ?」
京平がそう言うのも無理はなかった。瑞穂は、少しの明かりの中、小さな手鏡を持って化粧をしていたのだから。
「何って、お化粧」
「はい?」
こんな時でも、女って……半ば呆れて溜息を漏らす京平。
「何も、こんな時に化粧なんてしなくても」
「別に、いいじゃない……それに」
「それに?」
「ううん、何でもない」
「まぁ、いい……けどさ」
言って再び地図へと視線を落とす京平。まずは、現状を打破出来る方法が無いか模索した。地図があるとは言え、やはり不安要素はなるべく少なくしたい。引き返す選択肢もある。撤退もまた勇気だとも考えていた。
「なぁ、瑞穂」
「何?」
「一度、戻らないか?」
「え?」
京平の言葉に、面食らった状態の瑞穂。
「このまま進むのは得策じゃないと思うんだ」
「どうしてよ、あと少しじゃない」
「それはそうだけど……やっぱ万全を期した方がいいと思うんだ」
「でもぉ」
「瑞穂は怖くないのか?」
「何が怖いの?」
あっけらかんと答える瑞穂。京平にとっては意外な答えだった。横道に逸れる事には、過剰なまでに怖がったのに、今の状態は怖くないとも取れる返事と表情。
「このまま進む事についてさ」
「別に、地図があるでしょ?」
「そりゃそうだけど、もし何かあったらどうすんだ?」
「ふふふ、その時は京平が守ってくれるでしょ?」
「え?」
微笑む瑞穂の顔を京平は直視出来なかった。頼られる事が、こんなにも嬉しい事とは思いもよらなかったからだ。
「分かった、じゃもう少し行ってみるか」
「うん」
泣く子と好きな女には勝てない……そんな言葉を脳裏に浮かべながら、京平は立ち上がった。瑞穂もそれに倣う。取り敢えず、紐がある限り進んでみようと京平は思っていた。
しばらく進むと、短い突き当たりと右に進める分かれ道に当たった。
「ねぇ、あれ」
「ん?」
瑞穂が指さした所に、京平は視線を移した。突き当たりの壁の向かって右上方、一メートル五十センチ位だろうか、ほんの僅かに光が漏れて来てる様に見えた。
「あの壁の向こうって何かあるんじゃない?」
「向こうっつったってなぁ……」
何か空間がある。それはほぼ間違いないだろう。だが、今の京平達にはそれを確認出来るだけの道具が無かった。あるとすれば、自身に備わった両手くらいなものである。京平がそう思い、じっと手を見ていると。
「ちょっと掘ってみようよ」
「はい?」
「だからさぁ……」
「分かった。皆まで言うな」
京平は瑞穂の言葉を遮り、言った。
ペンライトの明かりを頼りに、二人は発見した場所を掘ってみた。とは言っても、女の子に穴掘りはさせられない。その殆どは京平が手を出していた。壁は見た目ほど固くなく、小さな穴は容易に広がっていった。これは案外いける。そう京平は感じていた。後ろで瑞穂が好奇心一杯の瞳で見詰めていた。
時間にして数十分だろうか、穴は人が一人通れる位にまで広がった。明かりは既に京平達の所まで届き、ペンライトは必要なくなっていた。京平が上半身を突っ込み、壁の向こうを覗いた。
「す、すげぇっ!」
驚きの声が洞窟内に響き渡る。
「ねぇねぇ、何があったの? やっぱお宝? ねぇってばぁ」
瑞穂は京平の服を引っ張りながら、自分も見たいと催促を促した。
あまりにも急かすので、京平はろくに確認も出来ず身体を戻す事になってしまった。
「まったく……兎に角見てみ、すげぇぞ」
「うん」
歓喜の声をあげるやいなや、瑞穂は穴に身体をねじ込んだ。
「うわぁ、すっごい!」
「だろ?」
「あっ!」
そう言うと、残りの身体を穴に入れ、ズンズンと奥に行ってしまう瑞穂。
「お、おいっ」
京平が止める間もなく、彼女は進んで行った。
「ったく」
「凄いよ京平! 早く来なよ」
「分かった。そこから動くなよ」
「うん」
瑞穂の声が返ってきた。京平は荷物をまとめると、それを反対側にいる瑞穂に手渡した。そして、続けて自分も中に入り、向こう側に抜けた。
瑞穂は穴の近くで立っていた。京平は隣に並ぶ。抜けた先の場所は広かった。一般的な体育館ほどだろうか、天井は高く、先がどうなっているのかは分からない。視線を中央にやると、そこには池があった。天井から降り注ぐ光によって真ん中あたりが青白く光っていた。そして、そこからの明かりで周囲は青から緑、深緑、藍色……黒、漆黒の闇へと移っていった。
「幻想的だけど、何だか怖いね」
瑞穂の言葉だった。正直な気持ちだろう、京平も同じ思いだったのだから。
二人は池の周囲を右回りにゆっくり周り、進んだ。三分の一程進んだ時だった。二人の前方に小さな社が祀ってあるのが見えた。それは壁の中ではなく、池の縁から一メートル弱入った所に造られていた。
「何だ? あれ?」
足を止め、京平は首を傾げた。その部分だけが浮かび上がるかの如く、まるでスポットライトが当てられたように光が降り注いでいた。ほんの僅かな時、その光景に目を奪われていた京平。が、同時に妙な違和感も感じていた。
「もしかしたら、あそこにお宝があるのかも」
しかし、そんな京平の心中とは裏腹に瑞穂が無邪気に笑う。
「お宝って……変だと思わないのか?」
「何が?」
「社だよ。こんな所にあるなんて、絶対何かあるって」
「そうかなぁ」
「まずは、位置確認だな」
京平が地図を広げて言うと、瑞穂が、
「そんな事しなくても、ここが目的地だよ」
「まっ、一応ね」
確かに、近道が無いかと考えていた矢先、隠し通路の如くに出来た通路。地図上でもその部分を無くせば、目的地に到達するのは一目瞭然だった。
「兎に角行ってみようよ」
瑞穂が京平の手を取り、引っ張った。
「あっ……み、瑞穂」
引っ張られながらも、悪い気はしない京平。社の前まで来ると、瑞穂はその手を離すどころか、一層強く握った。細い指先が京平の指と絡み、その温もりが伝わってくる。
「み、瑞穂」
「何?」
「その……手」
「いいの……だって、もうすぐお別れだもの」
そう言うと、瑞穂はにやりと微笑んだ。
「え?」
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